1 良い天気の平日 


 主人公の女性「ユキ(20代前半)」は電車内に座っている。そこまで車内は混雑していない。ちょうどユキの対面側には制服を着た女子高生が一人で座っている。ユキには、その場に乗り合わせていた中高年男性の全てが女子高生をチラチラ見ているような気がする。


男性A 「チラチラ」

男性B 「チラチラ」

雪(ユキ) 「(男性客の視線が女子高生に向かっていることを確認している)」


遠くの座席の男性 「(遠くから)チラチラ」

新聞を(顔の前で広げて)読んでいる男性 「(新聞で視線を隠しながら)チラチラ」 

70歳は過ぎているだろう男性 
「(最近の若いもんは、といやらしい目つきで)チラチラ」


 ユキは女子高生に視線を送っていなかった、近くに居合わせた小学生の男の子に気づいてちょっと安らぐ。(安らぎと、自己及び小学生の男の子への嫌悪が同居するような複雑な感情。ハッと安らいだ刹那、すぐに崩れる。そして...)


 小学生の男の子はパッドでアニメを見ていた。(パッドで流れていた)アニメ(← オリジナル制作)

「(日本でありがちな少女風のキャラクターの台詞、口調で)お願いッ、私だけを見てッ」

(音が近場に漏れている)


 降車後のシーンへ


 太陽の下、日差しが差し込む、穏やかな日常の典型のような図。 


 ユキは閑静な自然豊かな住宅街を歩いている。


ユキ 「フラフラッ(貧血気味か、気分悪い)」

ユキ 「(思い出したくない...)」



2 Ghost detection


緑色の髪の毛の男性買春客 「(目を見開き、何やらポーズをきめている)」 

← 正面から(凝視後、ちょっと遅らせて電話の子機へのコール音も共に入れる、つまり時間的に若干遡る感じで)


 買春客は、四指を顔の横に左右それぞれ並べ(某国民的定番アニメの「太陽拳」のポーズといえば分かりやすいだろう)、目は大きく見開いて(女児を驚かそうとしているのか)、頬はコケている。

緑色の髪の毛の買春客 「パンツも脱いでいいよ。今日はどこまで弾けるのかな?」
 

 買春客は、全裸でピアノを弾くように要求している。いつもの感じのよう。女児にピアノを教えているようだ。ピアノの上には可愛らしいクマのぬいぐるみが乗って(座って)いる。


(別の日...)

 緑色の髪の毛の買春客は、RPGの(アニメ?)コスプレ衣装を持参してきた。左手には自前の盾を、右手には剣に見立てた(小学生が吹くような)笛を持っている。


緑色の髪の毛の買春客 「俺の後ろについて来てくれ...、いや...、君が先頭だ」


 買春客は、女児に(裸で)自分の後ろからついてくるように言った後に、並びがえを要求してくる。何故だろうか、途中で並びがえの作戦変更を要求してくるのだ。


 ここで、笛の音が入る。
 「ピュー」

 (別の日へ...)(笛の音を入れ続けて、ピュー)


緑色の髪の毛の買春客 「(目を見開き、ポーズをきめている)」(ピュー〜)

(ピュー〜)「笛の音」(トゥルル、トゥルル...)「TELの音」

↑同時で。

(別の日)
(トゥルル、トゥルル...)「TELの音」 ガチャッ、ピッ(電話をとって)


(買春店の人の声で)「餌やっておいて」
少女時代のユキ 「わかった...」

 (言われたので)女児のユキが部屋の水槽の魚に餌をやるシーン(女児の応答する声と、水槽内の魚に餌が降ってくる映像だけ) ← 女児を使いづらい。どうするかは未定。


 場面が切り替わり、何も魚の居ない水槽に切り替わる。水槽が墨汁のような黒い液体で徐々に汚されていく。

 場面が切り替わり、魚が居る元の水槽にもどる。その水槽を、緑色の髪の毛の買春客と一緒に見つめている。


緑色の髪の毛の買春客 
「お魚さん達も見てるよ...(気持ち悪い感じで、魚が泳ぐ、お遊戯会のような仕草をしながら言う)」


 場面が切り替わり、何も魚の居ない水槽にまた切り替わる。水槽が墨汁のような黒い液体でさらに汚されていく。 (ゆっくり、拡散していく感じ)


緑色の髪の毛の買春客 「(目を見開き、手指を顔の両外側へ引くような、例のポーズをきめている)」
↑このシーンを保留したまま、別の男性から電話がかかってくる。

 (トゥルル、トゥルル...)「TELの音」 ガチャッ、ピッ(電話をとって)


買春店の経営関係の男性の声(声だけ。映像は上のまま) 
「世間でこれ言ったって、誰もお前の相手なんてしねーよ?警察から許可もらってやってるやつだからさ。お前が変な目で見られて損するだけだ。男にも逃げられちまうぞ」


 ここで、緑色の男性から、何も魚の居ない水槽の映像にまた切り替わる。水槽が墨汁のような黒い液体でもっとさらに汚れていく。



少女時代のユキ 「いいもん、別に。魚なんて居ないし」(声だけ。映像は上の水槽のまま)

→ 曲と共に、オープニングへ 『colours』




3 小さい海 


 ユキは自室部屋内で入浴中である。浴槽に浸かっている。

 

 剃刀が視界に入る。その剃刀を見ている。

ユキ 「(匂いに敏感になるにつれて、手首の傷も増えていった...)」


 ユキは目をつむり、風呂内の匂いを嗅いでいる。

ユキ 「クンクン」

ユキ 「気がフレナイように、生活していくだけで精一杯。全く余裕はない」


 ユキは、先日訪れた慈善宗教団体での説教を回想していた。


慈善宗教団体の教師
「一体何のために?、あなたは、他人(ヒト)を喜ばすために導かれてこの世に生まれてきた。人を喜ばせて、喜ばせれば喜ばすほど、あなたにも喜びが幸せとなって帰って来ます」


 ユキは、小学1年生頃の時のことを思い出していた。 

ユキ 「(確かに、あの変なマスク、すごい喜んでいた。オエッ)」


慈善宗教団体の教師 「喜びを、与えるのです。大いに喜ばせなさい!」

 教師の説教の映像が、アニメーションの何者かの人物に置き換わる。


アニメーションの男
「俺、子供になんて、なーんも興味無いよ」


アニメーションの女
「お前達だけは、絶対許さないぞ(怒りの表情で。何かアニメちっくなサイバーな感じの戦闘服を着ている)」


慈善宗教団体の教師 「喜びを、与えるのです」

アニメーションの女「(不機嫌な表情で、普通の服装に。無言)」


 ユキが、何処かの泉に落下するシーン。


 泉の精霊が現れる。

泉の精 
「...お尋ねしてよろしいでしょうか?、こちらの児童買春店で働かされていた貴女(少女時代のユキ)と、こちらの両親に捨てられた貴女(少女時代のユキ)。どちらが本当の貴女ですか?」

ユキ 
「あの人は変態かどうかって考えるだけで、思い出して具合悪くなる。でも、絶対変態なのかどうかって、反射的に考えちゃう...」


 ユキが海で溺れているシーンへ。掴むものも何もなく、もがいている。

ユキ 「ゴボ、ゴボッ」


 海から視界のカットが上空へと上がっていって、太陽を捉えて次シーンへ。




4 資格のB原


啓悟(ケイゴ) 「(サングラスをかけている)」


 資格予備校の受付カウンターで

ケイゴ 「すいません...、『社労士スーパー年金+α』コースをお願いしたい...、(おやっ?)」


 ケイゴは、フラフラしながら入り口玄関から入ってくる女性に気がついた。


ユキ 「(ここ、何だろう?、ちょっと、ここで休もう)」


 ユキは、休憩コーナーのテーブル座席で休んでいた。


ユキ 「(何か飲もう...、あれ?、小銭が...無い。札も無い)」

ケイゴ 「(金が無いみたいだな。ああ、諦めたのか)」


 ユキは、ボーっと正面を見ていた。


ケイゴ 
「(ペットボトルのお茶を2本買って、ユキへと近づいてきた)君、何か顔色すごい青白いよ(と、彼女のテーブルにお茶を自分の分と置いた)」

ユキ 「えっ?」

ケイゴ 「あ、すいません(サングラスを外して)、お茶より栄養ドリンクの方がよかった?」

ユキ 「あ、あー」

ケイゴ 
「飲みたかったんじゃないの?、体調悪そうだし、何か飲んだ方がいいよ。医務室も2階にあったと思うよ(何だ?この女、俺の事知らないのか?)」

ユキ 「...あ、ありがとうございます」


 二人、対面で自販機コーナーのテーブル席に座っている。座席近くには、(予備校室内に)小規模な泉が設置されていた。


ケイゴ 
「(泉の方を見て)これ、「合格の泉」っていうの知ってました?合格したい資格のコインをカウンターで買ってこの泉に投げ入れてお願いするんだよ」 

ユキ 「資格?、資格ってどういう事ですか?」


ケイゴ 「何言ってるのさ?、ここ「資格のB原」でしょう?資格を取りに来たんじゃないの?」

ユキ 「私、たまたまこの近くを通りかかった時に気分が悪くなって、それで、ここで休もうと思って...」

ケイゴ 「そうだったんだ。顔色凄く悪いよ」


ケイゴ 
「実はさっき、「社労士」と「行政書士」のコインを買ったんだけど、どっちを投げたらいいと思います?」


ユキ 「いや、私、資格の事全然分からない、ごめんなさい。でも、それ、結構するんでしょ?」

ケイゴ 「まあね」

ユキ 「なら、もったいないから、両方投げたら?」

ケイゴ 
「ええっ?(← 嬉しそうに)W合格って事?まさか、そんな。社労士が終わってからじゃ期間が短か過ぎるよ...」

  

 ケイゴは、二つのコインを泉に投げ入れた。二つの合格コインが作り出した波紋は泉の中を広がっていった。




5 もう少し


 二人がテーブル席についてから十数分は経過しただろうか。ユキの体調は大分回復し帰路につける程度にまでになっていたが、彼女はケイゴがテーブルの上に置いた「社会保険労務士」のパンフレットを開いた。


ユキ  「社会保険労務士?」

ケイゴ 「社労士だ。意外と難しくて去年も落ちたんだ。コインも投げたし、次はウカりたいよね」

ユキ  「どんな資格なの?」

ケイゴ 「労働関係とか年金の法律家の資格だよ」


ユキ  「労働関係?」

ケイゴ 
「そう、原則的に一週間に何時間までしか働いてはダメ、とか、未成年の就労の決まり事とかが労働基準法だ」


 ユキは、労働基準法に対して「何が労働法だ」と、軽蔑の気持ち、社会に対する反発心を抱いた。顔には出さないようにはしていたが。この侮蔑の念が媒介し、親近感のようなものがその場に生まれていた。それが、二人をこのテーブル席に留まらせる働きを及ぼしてはいたが、その事を当然、出会ったばかりの二人が意識などはしていない。平日の午後、ケイゴの時計では13:30分過ぎ辺り、街中の資格予備校でも人はまばらで、二人は恋人同士のようにも見えるだろう。ユキは可愛らしい容姿であった。しかし、決してそうはならない事が、この法律に明文化されているようなものであった。


ユキ 「私も受けてみようかな」


 彼にはこの場に合わせただけのような言葉に聞こえるだろう。しかし、ユキは、言いながら軽蔑しながら滑稽に思いながら、何とも不思議な心持ちであったし、平日の今この時間、そしてサングラスをかけていた、B原に居る、この結構いい歳の男が変態であるかどうかを考えるのを忘れている事自体、彼女にとっては珍しい事であった。


ケイゴ 「もう少し、時間があればね...。そう、もう5月だし(もう少し時間があれば?)」


 ケイゴは、どうしてか自分も時間を戻したいような気持ちになったが、それは自身もこの資格の勉強時間をさらに確保したいなどという話ではない。過去に戻して人生をやり直したい、という事でもない。彼はユキの瞳をほんの数秒間だけ、彼女に全く分からぬよう探るべく(彼女を、ではなく、彼女だけでなく自分も)、彼女の瞳の中にある鏡で己の像を映し出すように、見つめた。そして、何かを理解した気持ちになった。これは、男女間の「恋の予感」...ではない。「恋の始まらぬ予感」の類であると。恋の予感ならば、予感である故に、通常、未来だけに向かって感ずるものである。この今明らかに過去に向かってかかっていると感ずる力が、二人を座席に留まらせるのであろうか。


ケイゴ 「コーヒーも飲みます?」


 問われた彼女が「はい」と答えるまでは、もう少し、ほんの数秒、時間が必要であった。




6 silent walker


 視点が「合格の泉」の側から(二人を見る)へと切り替わる。

 二人は無言で、視線も合わせない。紙パックのホットコーヒーがテーブルに置いてあるが、それぞれが互いのコーヒー辺りを見ている。


 ...(数秒 沈黙)

 ここで、二人の図が、泉からの視点角度を保持したまま、ホワイトスクリーンと、それに写っているシルエットへと切り替わる。スクリーンには湖が広がっており(湖はシルエットではない)、二人の影が湖から出ていると思われるような図。


 上絵を保ちつつ会話する(音声)。

 ケイゴは聞かれた訳でもなかったが、身の上を話しはじめた。


ケイゴ 
「仕事をしていないから、8月の試験まで時間が足りない、という訳でもないんだ。この試験、「選択式」がいやらしくてさ」


ユキ 「そう...社労士になりたいの?」

ケイゴ 「受かったら考えるよ(なりたい訳ないだろ?)」

ユキ 「ふーん(なりたいから勉強してるんじゃないの??)」

二人 「...」

ケイゴ 「限りなく...」

ユキ 「え?」

ケイゴ 
「限りなく、アパートに近いマンションに住んでいるんだ。株で増えなかったら、支払いで貯金が減っていくんだよ」

ユキ 「えー、株って増えるの?」

ケイゴ 「プロなら増えるのかもしれないけど、全然増えないよ」

 ...


 それから、二人はたわいも無い話を続けた。
  (シルエットシーンから通常へと戻る)


 ケイゴはスマートフォンを出して、彼女と電話番号の交換を切り出そうかと思ったが、働いてもいないし、周囲から監視されている(と思っている)ので、止めた。


 ケイゴは、社労士のパンフレットに自分の電話番号を書いた。


ケイゴ 
「自分の番号を書いておくから、社労士の事じゃなくても何でも、いつでも電話してよ。一緒に受けましょう。チョクチョクB原にいますよ」


ユキ 「ええ、うん。受けても、受かる自信全然無いかな」

ケイゴ 「さっきより顔色がずいぶん良くなったね」

ユキ 「ありがとうございます」


 それじゃあ、と、ケイゴは席を立ち、彼女と別れ去った。彼は、社労士コースを申し込みに来ていたことを完全に忘れていた。




7 white love(五月)


(真っ白な雪原が広がっているシーンへ。数秒)


「彼女の悲しみや苦しみはどのような色をしているのか」
↑の絵にケイゴの声が入る。


 ここで、(ユキが見ている)映画のワンシーンへ飛ぶ。雪が降る街角で男女が抱き合っているシーン。映画内の街の時計は18:00時過ぎくらいを指している。


 ユキが自分の部屋で上の映画を見ているシーンへ。正面からの図。見入っている。


 部屋の鏡に向かって、一人演技をしている場面へ移る。


ユキ 「あなたの事が好きなの」(ユキ全体が鏡に反射している。セリフを述べている)

ユキ 「...すきなの...。ううっ、すごい体が重い感じ、言ってて怠い気がする。やっぱり駄目だ」


 ユキがスポーツジムのプールで仰向けになって浮いているシーンへ飛ぶ。(数秒、プールの真上からの図)


 ユキがスポーツジムで走っているシーンへ。

ユキ 「(ランニングマシンで走っている)」


 ユキの隣のマシーンに小太りのおじさんが入って来た。

ユキ 「(軽く周囲の匂いを嗅いでいる。クンクン)」


…ユキの回想シーン

小太りの中年買春客 「(自分も歌いながらユキに対して)もっと、ほら、踊って。もっと」

小太りの中年買春客 
「...上手だよ。上手。うふふ。いっぱい汗かいたね。(スーッと)息を吸い込む。この発育途上の匂い大好きだ。(と、買春客が顔を近づけてくる)、いいよ(スーッ)」

少女時代のユキ
「(ちょっと嫌な感じが顔に出て(出さないようにしている))…。何さ、あんた、バッカじゃないの」(← 気の強い女の子のキャラを演じさせられている)


...

 ユキがさり気なく、逃げるように、ランニングマシーンから降りてその場から去る。

 ユキが外でウェアを着て走っているシーンへ。

 → 走っている。

 → 走っている。

 コインランドリーのシーンへ


 母親と女の子の親子連れも来ている。小学校低学年くらいの女の子が乾燥機から取り出したぬいぐるみを抱えている。

 ↑ユキが女の子を見ている。ユキも乾燥機から毛布を取り出そうとして、重くてよろける。


 ランドリーの洗濯機械が回転している(洗濯内容物が)シーンへ


 回転している。(数秒回転している絵のまま)

 ユキが自分も、洗濯機内で洗われている妄想に耽る。(ユキが回転している)

 ユキが回転している。

 ユキが競技の女子フィギュアアイススケートを観客として見ていたシーンへ飛ぶ。演技者が回転技をくり出しているシーン。


ユキ 「(フィギュア演技を見ている)」← ユキが正面から見ているシーン


 ここで、冒頭でユキが部屋で見ていた、映画の雪降る街角の絵に飛ぶ。(景色だけ。抱き合っていた男女はいない)


 (数秒)

ユキ 「ねえ‥」(上絵のまま、音声だけ)


 ユキの部屋で鏡に向かって。鏡に全身が写っているシーンへ

ユキ 「私のどこが好きなの?」(演技している。鏡に写っている)




8 突然 good bye


ユキ 「(あれ?、今日って休みの日?)」

ユキ 「(というか、私今、何か仕事してるんだったっけ??
   ああ、よかった...お風呂入ろう)」


 ユキは支離滅裂な事を考えているが、先日ネットで入手した、強い幻覚効果のあると説明があった薬物をやっているからである。彼女はそれが逮捕されるものなのかどうかも良くわかっていない。


ユキ 「(違法かどうか)そんな事、どうでもいいや」


 ユキは浴槽に湯を入れ、膝くらいのところまででどうしてか(湯を)止めた。浴槽内で立ち尽くしている。


ユキ 「(ああ、すごい変な気分。間違って分量をやり過ぎたのかしら)」


 すると、薬物の幻覚作用のせいなのか、風呂に置いてある剃刀が話しかけてきた(ような気がした)。


剃刀 「いいじゃないか」

ユキ 「えっ?何なの?」

剃刀 「逃げたって、いいじゃないか。君は逃げたっていいさ」

ユキ 「逃げる?」

剃刀 「僕へじゃない。僕にじゃなくて、薬にだよ」

ユキ 「そんなの当たり前じゃん」

剃刀 「どうして手首を傷つけるんだ?、髭を剃るためのものだ」

ユキ 「私、髭ないし」

剃刀 「やめてください。もう別れよう」

ユキ 「何言ってるの?、それに、そんなにいつも深い傷なんてない。怖いし」

剃刀 「好きな人が悲しむよ」

ユキ 「そんなの居ないもん」

剃刀 「嘘だ。鏡に「好き」って書いてごらん」


 言われるがまま、ユキは人差し指で、バスルーム内の鏡に「好き」という文字を何度も書いた。


ユキ 「(好き、好き、好き...)」

剃刀 「さよなら。もう行くよ」

ユキ 「(好き、好き、好き...)」← 鏡にずっと書いてる

 …

 意識が朦朧とし、それからの記憶は全く曖昧である。


 ユキは気がつくと裸でベッドで寝ていた。ベッドの脇にはバスタオルが捨ててあった。


ユキ 「(これはだらしない)どれくらい寝ていたのかな?(お風呂で溺れなくて良かった)」


ユキ 「あれ?、カミソリが」


 洗面所の(風呂場)ゴミ箱には、剃刀が捨てられていた。

剃刀 「サヨナラ、ユキ」




9 言い分け、祭りの後で


 掃除機をかけておいてね、と、結婚した訳でもないし。
 お帰りなさい、つき合っている訳でもないけれども。
 どこ行くの?、これからの行き先も知らない。
 急に降ってきた優しい雨は、
 またね、と、本当の君と知り合った訳でもないけれど。




10 「ただいま」と言いたい


 ユキは物心がついた時には児童買春店で働かされていたので、小学校に上がる前ぐらいからやらされていた。ユキにとっては児童買春を仲介しているヤクザが親代わりであった。本当の両親には捨てられたのだが(と教えられた)、買い取られたのか、どのような経緯でヤクザの下に流れていったのかは自分には分からない。自分で食べる分は自分で稼がないとダメだと、ヤクザの親に教え込まれたのであった...。


ヤクザ 
「子供の体には需要がある。日本は捨て子って凄く多いんだ。ろくでもない奴があっさり子供を作って、テキトーに捨てるのさ。クズが多いんだよ、この国には。クズがさぁ。俺みたいなのがさ」

ヤクザ 「捨て子でなくとも、親が連れてくるケースもあるよ。親に売られるってやつだな」


 もちろん自分の意思で、意思と言っても、いやらしい規制されない(つまり社会的に仕組んでいると言っても過言ではない)インターネット等のポルノサイトを見ていたところを、ナンパされたりしてそういうのが契機になって援助交際に流れ、そして、給料がとても良いとの噂をどこからか聞きつけ(援交相手とか)、援交との掛け持ちで児童買春店にやってくる女の子もいるが...、両親や友人、環境が悪いのだろうか。


ユキ 「そういう子は、どんなに早くても小学校の高学年くらいからかな」

中学1年から児童買春店にやってきたバイト女の子
「私の親も悪いが友達も悪かったのです。稼げるうちに稼いでおこうだなんて、そんな事言えないわ」


 ユキは、中学2年の年齢時に児童保護施設に引き取られたのだが、まだ売春で働ける年齢なので、そのまま20歳を過ぎてもヤクザから逃れられない女の子も多い。そちらのケースの方が圧倒的だ。


ユキの友達(風俗嬢)のマイコ(金山真依子 カノヤママイコ 以下 マイコ)
「何にせよ、子供の時からそういう事(売春)をやると水商売と風俗を掛け持ちでやったり、要するに風俗嬢になる子がほとんどだよね」

マイコ
「でも、ユキは施設に引き取られてからそういう事は一切やらなかったみたいだよ」


 ユキは定時制の高校に通わせてもらいながら、昼は普通のバイトで働いていた。高校を卒業した後もそのバイトの流れで働き続けている。フリーターである。


ユキ 「就職活動なんてする元気ない。バイトがあっただけでも良かった」


 ユキは今現在は21歳である。高校からのアルバイトを、と言っても何度か転職したが、このアルバイトの地位に安住している自分に気がついている。ダラダラと、というわけじゃない。本格的に就職をしよう仕事を探そうとすると、風俗の方に流れていきそうな気がするのである。自分としてはそれを希望していない。そうなってしまうことを恐れているからなのだろうか。変態に対しての恐れか。自問自答も続かず中途半端に終わってしまうけれども、現状のフリーターのままが良いと思っている。今は某大手のコンビニチェーンでレジをやっている。性被害者としてのプライドがその職業の自発的な選択を遠ざけているのでは?と思われるかもしれないが、そのピースは黒く塗り潰されているのでユキ自身には分かるが見えづらい。アルバイトという型のパズルに当て嵌めている今で良い。新たなパズルを探すのは骨が折れる。バラバラになってしまえば意味を失い、小片は記憶の海へ流れてしまう。


ユキ 「安いアパートに住んでいます。男の所に転がる気力も無いんだ」


 仕事を終え帰って来ても、「ただいま」という場所など彼女には無かった。アパートには眠る為のベッドがあるだけと言ってよく空虚が支配していた。趣味も特にないが最近覚えた薬物くらいか。ところでこの薬物も、児童買春店で小学校前から働いていたと某店の名前を出せば、警察から見逃してもらえるようであるが...。


警察 
「小学校前、小学校低学年クラスの買春店は上からの指示で(サービスで)薬では逮捕しないことになってるんだ」

警察 
「(インターネット上の猥褻な動画像を見て)これは児童ポルノなのか?…ちょっと、ここでは分かりかねる」


ユキ 「別に逮捕するならしてもらって結構です。その慰労に乗る気はない」