11 隣にいるかもしれない


(ユキは仕事中である)

ユキ 
「(私、なんでコンビニで働いているんだろう)...お弁当温めますか?(オエッ、弁当のあったかい匂い具合悪くなる)」

ユキ 
「ありがとうございました〜(クンクン)、何か今の人、児童買春店の匂いがする。さっきの人も...」


 ユキはその生い立ちより、その人は児童買春をしているのか、変態なのかと考えてしまう悲しい癖があるのだが、視界に入る人達のかなり多くが、児童買春、援助交際を日常としているような気がしてしまう。頭がおかしくなっているのだろうか。日本においては妻への愛など無いと強く感じている。巷ではアイドルグループが人気だが、アイドルは未成年ゆえの可愛さが売りであろう。アイドルらに対して、買春店の子供の容姿の何が劣るというのか。風俗嬢よりアイドルの方が良い、というだけで、そんなにアイドルを好きな男が小中学生の体を我慢出来はしないだろう、と、ユキは確信していた。


ユキ 
「(ノイローゼなのか)天皇陛下さえも児童買春をしているのでは?と、疑っています。宮内庁が用意した子供を…」


ユキの親友マイコ 「ちょっと、ユキ、↑冗談やめてよ〜(笑)」

 当然マイコは口にはしないが、自分の境遇より、こんな日本の「天皇」などという王室は海外に対して恥ずかしいというか滑稽で、税金の無駄だと思っている。彼女は日本の政治の事などを深く考えてはいないが、その公金を回して児童レイプ環境を改善して欲しいと願ってはいるものの、絶対無理だろうと諦めている。自分は性奴隷階級で皇室は「天」皇階級などと言われても、反発するのが自然であろう。


*ここで、天皇を頂点として性奴隷を一番下にした、階級ピラミッドの解説のCG絵を入れる。

注)一番下でもなく、階級ピラミッドの外にしても良い。


 二人は、佳△様フィーバーが嫌いであった。


マイコ
「不潔過ぎるよ。買いながらフィーバーしないで」


 通りすがりの日本のおじさん 「(無言で首を横に振っている)」

マイコ
「役人向けの子は公募してないみたい(守秘度を上げる為)。聞いた話だと、可愛い子だけを集めたVIP用だって。この子供が(日本で)ヤクザが幅を利かせている理由なんだってさ。児童仲介と株トレードがヤクザの主要な資金源で裏の役人みたいな感じなのね。外国にもポルノ(アニメも)を流したりして活動しているので、外国からも邪魔が入るかもしれないし、告発する場所も無いというか恐ろしいよ。日本ではこの件で騒いで邪魔だと判断されたらヤクザか警察に暗殺されるって話だよ」


 (コンビニのレジで)

ユキ 「ありがとうございました〜」

 店内で歌が流れている。「♪ Can you keep...シークレット〜♪」


*モデルになった歌はありますが、架空の歌です。keepの後の「a」は不要。


ユキ 「(この歌マジでウザイ、何が「シークレット」だ)温めますか?」

マイコ
「ユキも私も児童性接待階級って言ったらいいのかな。その出身なんだ。普通の小学校とか一切通わなかったよ(行かせてもらえないで寮に住む)。私も物心ついた時からやってるから、幼稚園から大学まで普通の学校に通った経験が一切無いんだ。ユキとは同い年だけど、私は風俗以外で働いた事が無い。VIP用は、この階級から可愛い子が選別されて特別のVIP買春店に配属されるみたい。でも、私はVIPじゃないので内情はよく分からないわ。買春店を退職する時には守秘義務の誓約書を書かされるけど、何処で誰に何を言っても一切取り合ってもらえないし、干されるし、言おうと思わないよ。言ったらその人に警察に通報されるかもしれないからね。噂によると、VIPクラスの子達が児童AVに出てたり芸能界に進出している場合もあるみたいだけど、あの子はその子だって事はVIPの買春店側にしか分からないでしょ?」

ユキ
「(シークレット〜♪...)同じモノでも、同じ歌でも、人によって受け取られ方、印象が全然違う。あなたにはどんな風に聞こえるの?」




12 darkness quest


 公園で、40歳くらいの男性と小学生の女児の影が(共に背面で横に並んでいる)夕焼けに映されて伸びているシーン。次第にその影は伸びて大きくなり、画面を影で覆ってしまう。真っ黒になる。


 (VIP児童買春店で)← 音声のみ。絵は黒いまま。(変質者性が強すぎるので、音声は何らかの処理をするかもしれない)

先生(役、VIP買春者)
「今日はみんなに悲しいお知らせがある」

児童達 
「何なの?」
「何?」
「どうしたの」

先生
「エイミ(9歳)ちゃんがAVに出演していたことが発覚しました。これです(と、ブルーレイを取り出した)」

エイミ 「...(自分達で出させたのに)」

先生 
「君という人は、恥ずかしくないのかね?えっ?、最近の子供は羞恥心というものが欠落しているようだ」

エイミ 「欠落ってなに?」

先生 
「口答えするんじゃない、エイミ君ッ、君は廊下でバケツを持って立っていなさいッ!(子供用のバケツを渡して、全然軽い)、...今日の授業は、残りの者でこのブルーレイを見よう」


 黒塗りのカットだったのが、ここで、赤い子供用バケツの絵。背景は真黒。


VIP買春者 
「トモカちゃん(7歳)の芸能界デビューが決まったらしい。経歴の設定も決まって、グラドルでやるみたいだ。まあ、マイナーで終わっちゃう確率の方が遥かに高いな」




13 誰もいない部屋 


 スポーツ新聞紙一面が、誰かに広げられているカット。女性人気アイドルグループのドームコンサート決定の話題が記されている。


VIP買春者 「トモカの方が全然いいって」 (← 上の絵を保持したまま、声だけ入る)


 ユキが仕事を終えて、アパートに向かって帰ってくるシーン。歩いている。


 部屋の(前の)扉のカットに移る。


 誰もいない部屋
 何も無い部屋、
 全てを奪われたから。
 can you keep secret?
 秘密なんてない
 そう、何も。
 can you keep secret?
 歌声はこだまするが、心につき刺さらない。
 窓の景色も虚しいエコー。
 誰もいない部屋。


 ユキの回想シーン。マイコとの会話へ


マイコ 「どうしてユキってホストに行かないの?」

ユキ  「お金無いじゃん」

ユキ  「そんなに楽しいの?」

マイコ 「落ち着くんだよね」

ユキ  「えっ?...」

マイコ 「私が外資系と付き合ってたらおかしくない?」

ユキ  「おかしい。でも、その人変態じゃないの?」

マイコ 「...まあ、別に、自分で卑下しているわけじゃなくてさ」



14 失楽園

 

 ピアノのテーマ曲が流れる。そのまま、マイコのホストクラブのシーンへ。


マイコ 「(ホストと一緒に酒を飲んでいる)」

マイコ 「ちょっと、聞いていい?」

ホスト 「マイコちゃん、どうしちゃったの?真剣な顔で?...何でも聞いてよ」

マイコ 「たくさん女の子来るよね。あのさ、落ち着くって何?」

ホスト 「え??何何?、どういうこと??いきなり、哲学?」

マイコ 「ここに来て、落ち着いたッっていう感じ、っていうかさ」

ホスト 
「何よ。僕たちと一緒に、この時この場所この時代を、今を、この瞬間を楽しいって事でしょ?、かなり酔ってるんじゃない?」


 ホストクラブの壁には海の油絵が飾られていた。その海の絵を背景とし、シャンパンがそそがれるシーンへ。絵と、前面のそそがれる液体(シャンパン)が強調される。


 ここで、マイコが本物の海を眺めているシーンへ飛ぶ。昼間。


 マイコが一人で海を見ている。 ← 結構長く見ている

 マイコが煙草を取り出してくわえる。


 男性が描かれている油絵のカットへ移る。

男性の油絵 
「(絵が喋る)かわいそうに(かわいそうじゃない)」 ← 「かわいそうに」の後、即「かわいそうじゃない」


 マイコがチラッと油絵の方を見る感じで(絵は写っていない)


マイコ 「(ふーっ、煙草を吹いて)」

 背面から、マイコが海を眺めているシーン




15 喫茶店でマイコと待ち合わせ


喫茶店で。ノリの良い艶の有る感じのBGMが店内にかかっている。


マイコ 「ごめーん、待った?」

ユキ 「遅いよ。15分遅刻」


 午後3時に待ち合わせをしていたようだ。


マイコ 「休みの日なんだけど(二人の休日が合ったのか)、この時間起きれなくてさ...」

マイコ 「それでさぁ...」


 二人の間の話題は色々であったが、"ユキも彼氏を作ったらどうなのか?"という話は毎度である。マイコの彼氏は彼女より若干歳上のホストの男性であり、マイコはこの彼氏に貢ぎ気味の様子だ。

マイコ 「ユキも彼氏さぁ、作りなよ」


 マイコの彼氏は、マイコが風俗で働いている事を知っている事をユキも知っている。ユキとマイコは自分たちの過去に関心が無いという事では勿論ないが、彼女達の感覚には現状を長年の間、否応無しに受け入れる事を強要された結果からもたらされたある種の感覚の麻痺、欠陥のようなものが支配しており、何ら違和感なく、マイコの(いつもの)問いを成り立たせていたし、ユキ自身は普通のバイトをしておりマイコは風俗嬢である。そのマイコからこのように言われる事に関しても、ユキにはマイコに対して侮蔑の念などを生じる余地は一切無かった。二人は仲の良い友達であった。


ユキ 「私は、今はいいや」

マイコ 「何でなの?若い時終わっちゃうじゃん」


 "何故なのか?"と問いたマイコは、ユキの返答に興味が無いという訳ではなくて、答えを待ち受ける一人の女性として欠落していた。自身で無意識的に問いを遠ざけながら問いている。一方通行の問いであった。

 喫茶店の、ユキの席の対面側の壁にセットされていた鏡にユキの顔が映し出されていた。その唇は嘘をつく。


ユキ 「いや、やっぱりいいよ」

 「彼氏」というのは、好きな男性相手の事である。ならば二人は幾度となくキスを交わすだろうが、ユキの唇は事実汚され切っていた。その事を彼女は自己防衛本能的にいつからかも判然とせぬうちに、心の外側へと遠ざけていた。考えないようにしている、麻痺している。当然、彼氏が出来たとしても自分の過去を語りはしないだろう。ゆえに、「自分には彼氏を作る資格が無い」などとは全く思っていない。


マイコ 「えーっ、せっかく可愛いのに...」


 去年と変わり映えしないであろう夏を目前に、昼下がり過ぎの二人のテーブル席は何気のない欠乏感で満たされていた。魚の生存に必要な水中の酸素のようなものか。


ユキ 「マイコの方が可愛いよ。...すいません(近くのウェイトレスに)」

ユキ 「アイスティーください」

 ユキはストローをくわえる。

 ユキが鏡の中のユキと目があって、次のシーンへ。




16 帰り道


ユキ 「(彼氏か...。いつもの事だけどね)」


 マイコと別れ、もう午後9時過ぎである。アパートへの帰り道で前方から通行人が歩いて来る。ユキと同い年ぐらい、雰囲気からして女子大生であろうか。


ユキ 「(ん?)」

 こちら側に近づいてくる通行人の女は憂鬱そうな表情、とても落ち込んでいるように思えた。彼氏にでもふられたのだろうか。女はユキとすれ違いそのまま行ってしまった。


ユキ 「...」

 ユキは、その女性が何を思い煩っているのかはさておき、彼女の悩みなど自分と比べて大した事ではないだろうと思った。そして、その彼女が自身の過去、楽しかった子供時代と比べて現状について悩んでいるように感じ取れた。


ユキ 「(いい昔の(子供の時の)思い出があるだけマシよ)」

...


 シーンが変わって、ユキのバイト中へ。

ユキ 「こちら(おにぎり)は温めますか?、ピッピッ(入力している)」

 続けて客が緑色の定規を差し出す。

ユキ 「(220円)ピッピッ...」


 バイトの帰り道で。ユキが歩いている。


 もう6月に入り暖かくなってきた。ユキは自分の価値とは何か、一体何だったのだろうか?と、少し考えていた。自分の中には"今"という季節を計る物差しが存在しないように思えた。ただ、漠然とした今を消費している自分がいて、距離を保ちつつ生活している、今突如として襲ってきた思考の起因部分についての認識は曖昧にしたまま夢遊病者とまではいかないが今の中を歩いている。頑張って歩幅を測ろうにも適わない、といった心持ちと言えようか。自分の顔は周囲にどのように映っているのだろうか?と、気にもなった。


ユキ 「(あれっ?、あの子...)」

 道路沿いの飲料自動販売機の所に差し掛かった時、先日の憂鬱な女子大生(か)と思われる女がジュースか何かを買っていた。女は飲み物を掴んでそのまま行ってしまった。


 ピロピロピローっ... (もう一本当たり)

ユキ 「あっ?、当たったみたいだよ(あー、小走り?もう遠くに行っちゃったか。姿が小さくなって)」

 ユキは、それならばと自分が当たりをもらう事にした。

ユキ 「別にいいよね」


 自販機の側からしたら、如何様な事を考えているユキに人差し指で指し示され、迫って来られるような、そんな心境であろうか。ミネラルウォーターが落下した音がした。




17 自分探し


 ユキはコンビニでバイト中である。棚の弁当を検品している。ユキの近くでお客さんが話をしていた。


 男性客A 「...(アイドルグループの名前)の××って、AVに行くの知ってた?」

 男性客B 「そうそう、それね。あいつも落ちる所まで落ちたね」

 男性客A 「100%見るでしょ?」


 ユキは少し肩で息をしている。


 シーンが変わって、ユキの部屋へ。入浴シーン。風呂に浸かっている。時計が出てきて、2,3時間経過、長風呂のようだ。

 パジャマ姿のユキが鏡の手前に立ち、全身が写っている。


 ユキのバイトシーンへ。彼女は雑誌の陳列棚の前に立ち、アルバイト雑誌に目をやっていた。「バイトは自分探し。本当にやりたい仕事が見つかる」

ユキ 「...」

 レジのシーンへ。男性客は、芸能関係のゴシップ雑誌を差し出す。見出しに「●●朝帰り、彼氏とお泊まりデート」

ユキ 「ピッ、ピッ...」

 精算を終えた客が出ていき、ユキはレジのカウンターにそのままいる。

...

 別の男性客が、ジュースと共に先と同じ芸能関係のゴシップ雑誌を差し出してきた。売れているようだ。その後また誰も客が居なくなった。比較的閑散としている時間帯だ。ユキは男はくだらない物を買うなと思ったが、このすっぱ抜かれている女優について別にこの女優に対しての興味は全く無いのだが、"女優"というものについて、ふと考えた。このようにプライベートがあるからこそ、その女優のイメージが低下する訳で、もっとも、この程度のお泊まりデートによる低下などちゃんちゃらおかしいが、プライベートが全くなければ役柄に一切干渉しないだろう。しかし、そんな人間はいるはずがない...。


ユキ 「...」

 ユキの頭の中で、「女優」という単語と「AV女優」という単語がリンクし始めていた。


マイコ 「彼氏作ったらいいじゃん」

 別に欺く訳ではない。そういうつもりは無いのだが、付き合うならば彼が知りたい情報(ユキの過去)を隠蔽して、隠蔽と言ったら言葉が悪いが、自分からは一切触れないで、やはり隠して付き合うのだろう。そういう意味において自分は無給の女優なのかもしれない、「いや」と、自虐的に打ち消して(自身がやっていたのは風俗買春店だが)、AV女優ではなかろうか、と思った。

ユキ 「(あっ、←レジに来た客に気づいて)、ピッ、ピッ...」


 仮に明日、自分探しの旅に出かけたとして、沈む夕日の中に"本当の私"を見つけ出す事など出来るのだろうか...。その私は、それからどこかに落ちるのだろうか。

 ユキが手を滑らして、持っていたケーキのモンブランを落としてしまうシーンへ。ケーキは床にぶつかって変形した。




18 突然かかってきた電話


 乾いた空の下で
 愛すれば愛するほど苦しい
 君は傍にいるのに。


 ケイゴは部屋で『恋愛シュミレーションゲーム』をやっていた。仕事をしていないので、彼の日常はこのようなものである。


(テレビゲームの内容)

 ゲーム内相手女の子 「…これで(道の駅に置いてあった撮影機)一緒に写真を撮ろうよ」

<返答の選択肢>
 ・イマイチ髪型が決まってないんだよなぁ。君だけ撮ったら?
 ・いいよ。この撮影から二人の関係が変わるかも。
 ・写真なんか撮ったら魂もとられちゃうよ...。


 ケイゴ 「(フフッ)ピコピコ...(← カーソルを合わせて)」
 「写真なんか撮ったら魂もとられちゃうよ...。」

 ゲーム内相手女の子 「えっ?そうなの?」 トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル...


 ...部屋の電話が鳴った。ケイゴはドキッとした。


ケイゴ 「(えっ?、もう12時(夜の)近いんだけど。...でようかな)」


 トゥルルル...、ピッ

ケイゴ 「...はい?、入江ですけど」

女の声 「あーっ、あ〜」


 プツっ、プー、プー...。電話は切れた。その後すぐにまたかかってきた。(トゥルルル...)

 ケイゴは無視しようかと思ったが、女性の声だったせいもあってか、また応答した。


ケイゴ 「...はい。あの、どちら様ですか?」

女の声 
「(息苦しいような、声も途切れる感じで)ありがとうござい...ました。あっ、ふーっ、あー、あり、がとうございました」

ケイゴ 「えっ?、もしもし?あの?…どちら様ですか?」

女の声 「(支離滅裂な感じ)この前からは、ありが、とう、ございました」


 中断を余儀なくされたテレビゲーム画面では、デート相手の女の子が返答を待っているままである。

ゲーム内相手女の子 「えっ?そうなの?」

...


 (約20分前、ユキの部屋)

ユキ 
「明日は仕事休みだし、ウフフ。今日は薬をやろう。私の楽しみってこれだけかも。テレビのニュースでは芸能人が逮捕されているけど、有名だから逮捕の標的にされるのかな?…あんな児童買春警察に逮捕されて悲惨だよね。まあ、その分芸能生活で楽しんだって事なのかもね。っていうか、これって違法だったか、脱法だったっけ?...まあ、薬でもやらないとアホくさくてやってられないしいいよね」


 ユキは手持ちの快楽薬物を、はりきってしまったのか、いつもの使用より多めに服用してしまった。

...

ユキ 「あーっ、すごい強烈な感じ...」


 その際、仕事兼学習用の簡易デスク(設置しているだけで彼女はほとんど使用していない)上にあった、100円均一ショップで売られているようなプラスティック製の卓上ブック・ファイルシェルフの端側に、中途半端に刺さっていた『社会保険労務士講座のパンフレット』に注意が行った。手に取って、ユキは記載されている社労士に対して憤った。


ユキ 「何が未成年の労働だ。ふざけんじゃねーよ、ハァハァ...」

 怒りながら、先日ケイゴがメモした電話番号を見つけた。薬物の作用で思考回路が支離滅裂になっていたのか、ユキはケイゴにお礼を言わなければならないような気になった。彼に対する感謝を伝えなければならないような気がした。

...


女の声(ユキ) 「ユキです。ユキユキ。浮島です」

ケイゴ 「え?ユキさん?えーっと...、あの、こちらは入江ですけど」

ユキ 「ほら、資格予備校で、社労士の。私具合が悪くって、ほら」


 ケイゴは電話の主が誰であるかを理解した。

ケイゴ 「あー、はいはい(家電話の番号を書いたっけか)、元気だった?、あれから大丈夫だった?...」

ユキ 「ハァハァ、ありがと、うございました」

ケイゴ 
「(酔っ払ってるのか?、いや...雰囲気変だな?)ああ、うん。別に全然いいんだけど、ちょうど暇だったし、こんな時間にどうしたの?」

ユキ 「あーっ、えーっと。それは、その...この前のお礼を言いたくて」

ケイゴ 「えっ?お礼?、そうなの?、いいよお礼なんて。何か息苦しそうだけど...具合大丈夫なの?」

ユキ 「大丈夫です。全然平気」


 ユキはふと我にかえった。

ユキ 
「(何で、私電話しちゃってるんだろう。ヤバい、このまま何か変な事言うかも。っていうかこの人無職じゃなかった?)」

ユキ 「...」

ケイゴ 「もしもし、またB原に来る予定が...」

ユキ 「(あー、何で電話したのかな、あー)」

ユキ 
「あの、いきなりこんな遅くに電話してすいませ、んでした。ハァハァ。また、よろしくお願いします。ピッ」


 ユキはそう言って、一方的に電話を切ってしまった。


 ユキは支離滅裂な状態で後悔しつつベットに横たわった。電話をかけてしまった事を悔やみながら、そのまま眠ってしまった。


ケイゴ 「...」

ケイゴ 「(何だったんだ?変な女だなぁ。前会った時は普通だったけどね)」

ケイゴ 「(酒、いや違うな...。薬かなんかやってたのか?、ホント変だったよな)」




19 夏の始まり(前半)


ケイゴ 「(厚生年金が怠いよなぁ..。老後どうなっちまうんだよ…)」


 資格のB原。

 ビデオブースで社労士講座の視聴を終えたケイゴは、2階より階段から降りて来た。


ユキ 「あっ」

 (合格の)泉を背にし、魂の抜け殻のような生気を感じられぬ、茫然とした様子のユキが立っている。ケイゴに気がついた。


ケイゴ 「おぅ、えっ?あッ!」


 ユキがケイゴに近づいてくる。


ユキ  「この前はすいませんでした。あんな夜分に突然」

ケイゴ 「あー、いいよそんな事。また会えて嬉しいよ」

ユキ  「私すごく酔っ払っちゃってて...」


 そう告げると、ユキは周囲を見廻して何かを確認しているようだった。


ケイゴ 「それを言いに来たの?電話してくれればいいのに」

ユキ  「えーっと...」

ケイゴ 「(これは俺に気があるのか?!普通謝りに会いに来るか?)」

ユキ  「...あの、これ良かったらどうぞ」


 ユキがお菓子の詰め箱を差し出す。


ケイゴ 「お、えーっ?お詫びの品って事?いいって。若いのにすごく律儀だねぇ」

ユキ  「そんな事ないよ」

ケイゴ 「じゃあ一緒に食べようよ」


 そう言うとケイゴは以前に二人が話した自販機前のテーブル席に座った。少し間を置いてユキも座る。


ケイゴ 「この時間にいない事もあるんだよ?ビデオ講義だからいつでも見れるしね」

ユキ  「うん。ホントにすいませんでした」

ケイゴ 「...」

ユキ  「...」

ケイゴ 
「そう言えばほら、まだお互い苗字だけで名前を言ってなかったよね。君は浮島ユキさんだよね?」

ユキ  「えっ?」

ケイゴ 「この前の電話で聞いたよ」

ユキ  「(そうだったっけ?...ヤバイ)...よろしくお願いします」

ケイゴ 「僕は入江。名前はケイゴです。若いし歳聞いても失礼じゃないよね?」

ユキ  「え、全然。21歳です」

ケイゴ 「僕は30代前半だよ」

ユキ  「ねえ、どうしてあやふやにするの?(笑)」

ケイゴ 「30代前半で歳喰うのを止めている訳じゃないよ」

ユキ  「ヤダ〜、意味分かんない」

ケイゴ 「趣味とかあるの?」


 暫しの間、二人はありふれた会話を続けた。




20 夏の始まり(後半)


ケイゴ 「宅建ってさぁ...」


 一旦話題も途切れかけた頃、3人組の浴衣姿の女の子達が校舎入口から歩いて来た。ここの専門学生だろう。女の子はケイゴらの席の近くに座った。


ケイゴ 「浴衣って、今お祭りやってた?」

ユキ  「さあ、私も詳しくなくて...。あんまり行かないし」

ケイゴ 「聞いてみようか。
     ...あの、すいません」

女の子達 「はい?」

ケイゴ 「お祭りか何かやってるんですか?」

女の子A 「竜神祭だよ」

ケイゴ 「竜神祭?」

女の子B 「竜神町でやってるよ」

女の子C 「屋台も結構出てるよね」

ケイゴ 「そうですか。ありがとう」


 ケイゴはユキの方を見ると、彼女は目を逸らした。

ケイゴ 「...」

ユキ  「...」

ケイゴ 「竜神町って行った事ある?」

ユキ  「無いよ。入江さんも無いみたいね」


 ケイゴはスマホでルート検索をして...

ケイゴ 「ここからバスを入れて40分くらいだ」

ユキ  「どんなお祭りなんだろうね」

ケイゴ 「一緒に行ってみようよ」

ユキ  「えっ?...」


 ユキは確かに自分から会いに来た訳だし、目の前の男性が誘ってくるのももっともな事だ、と思った。彼の下心を勘ぐる思考がスイッチとなり、その心が投影された対象物である自分の容が投射に不適合を起こし、自身の同一性が"分裂"という言葉に近しい状態に瞬時陥った。「誘われた私」と「誘われるはずのない私」の2者に。


誘われたユキ      「今から?」
誘われるはずのないユキ 「今から?」

ユキ 「う〜ん」

 考えているフリをし、焦点を欠いた視線を泉の方にやると、濃い緑色のトレーナーを着ている男子学生が友人達と談笑していた。


ユキ 「(あっ!)」

 トレーナーの男達が自分に笑いかけているような気がして、ユキは急激な発汗を伴う息苦しさを覚えた。


 「...さん、どっちがいい?」


ケイゴ 「浮島さん、どっちにする?」

ユキ  「えっ、どっちって?」

ケイゴ 「そう、コーヒーと紅茶どっちがいい?」

ユキ  「うん。紅茶がいい」