21 waiting for you


少女時代のユキ 「もうここに居たくない。ここから出たい」

...

 結局、竜神町には日を改めて出かける事になった。ユキは待ち合わせ場所のB原に向かう途中、バスの中である。


ユキ 「...」

 見慣れた夏の入口の景色を眺めながら、以前にマイコが話していた、友達の友達が風呂場で自殺したという一件を思い出していた。車窓には通り過ぎていく新緑と自身の顔が重なり映る。声を持たない私がつぶやく。


ユキ 「もう嫌だ...」

 風呂の浴槽内を血が拡散するイメージが浮かんで...


 ユキは何も考えないように努めた。

 色を抜かれた血の"拡がる"感覚が未だに残り、それが無言の私を捕まえて左右も曖昧な景色の小さい方まで、外界のずっと他人事の、忘れられるくらい向こう側まで遠ざけていった。映っている自身の姿がレンタルした浴衣姿である事にようやく気がついたが、何故浴衣を着ているのかも考えないようにした。


 目的の停車場が近づいてきた頃、ユキはバスから降りるのが億劫に思えた。

 それでも降車し目的地に向かって歩いている最中、優し気の無い初夏の日差しは穏やかで、多少貧血気味であったが頑張って歩く。やっとB原が見えてきた。ケイゴが待っているようだ。近づいて、やはりケイゴである。


 二人の距離は小さくなっていく。


 ユキ  「ごめん、待った?」

 ケイゴ 「そんなに待ってないよ。ああ、浴衣だね」

 ユキ  「借りたんだ」

 ケイゴ 「似合ってるよ(ニヤニヤ)」

 ユキ  「ありがとう」

 ケイゴ 「(ニヤニヤ)」

 ユキ  「えっ?、もう。ちょっと、何考えてるの?」

 ケイゴ 「...(監視されたくない)」




22 二人の思い出


 慰めの言葉を投げ入れるよりも、
 掴んで離さない
 この胸の奥に拡がる真実の詩を。
 偽りの中で、偽らざる季節に語ろう。

 "夏が終わらなければいいのにね..."




23 竜神祭1


 バスが発車するシーン。

 「竜神町」バス停前、二人立っている。


ケイゴ 「微妙に遠かったね」

ユキ  「うん」

ケイゴ 「ああ、あれだな」


 祭り屋台の入口、端はバスの停留所からすぐ近くに見える。車道の両脇の歩道がそれぞれアーケードを冠している商店街で、屋台は車道にその背側を歩道の縁に接する形で両サイドに互いに向かい合い列を成していた。歩行者天国のようだ。


ケイゴ 「まだ午前だけど暑いね」

ユキ  「うん」


 二人は歩くとすぐに視線の先に辿り着いた。ボチボチ混雑している。


ケイゴ 「何かジュースでも買う?それともかき氷の方がお祭りっぽいかな」

ユキ  「ジュースでいい」


 注文したコーラを受け取ると、隣の屋台の店主が話しかけてきた。

屋台のおじさん 「ねえ、お二人さん。輪投げやってかない?」


ケイゴ 「輪投げ、輪投げ?」

ユキ 「…」

屋台のおじさん 「面白いよ。景品も見てみてよ」

ケイゴ 「どうする?」

ユキ  「どっちでもいいけど」

ケイゴ 「じゃあ一回やってみる?」


 決めかねていると店主は続けて話しかけてきた。


屋台のおじさん 「二人とも竜神町は初めて?」

ケイゴ 「ここの人っぽくなかったかな」

ユキ  「ええ」

ケイゴ 「意外と来た事無かったよね」

屋台のおじさん 「じゃあ、何で竜神町って言うか知らないでしょ?」


 店主は輪っかを握りしめながら、返答する前に解説を始めた。

屋台のおじさん 
「このアーケードの商店街が龍の形をしているんだ。空から撮った写真もそこいらで展示しているよ。見なかった?ずっと歩いて行ってごらん。段々上り傾斜になってきて、坂って程じゃないよ、終いには神社の入口があるからさ」


 ケイゴは輪に拘束されるような圧迫感を覚えた。店主の手元を見つめてそのままでいたが、隣に居る女性にその感覚を重ねてしまい一人照れていた。


ケイゴ 「(コーラ0飲んでる)」




24 竜神祭2


ケイゴ(声のみ) 「彼女の透明な足跡は…」


 時刻は夜、真白な雪原が映し出される。(照明によって見える)

 次に、複数の足跡で踏み荒らされた雪原の映像へ移る。(人物はいない)

 次に、足跡の上に、緑色の液体が撒き散らされた雪原の映像へ。(人物はいない)


ケイゴ 「思い出は雪のように。冷たく白く何も無い」

ケイゴ 「もっと雪が降ればいいのに」

ユキ  「早く時が過ぎ去ればいいのに」

 

 先の場面に、雪が降ってくるシーンへ。


ユキ  「雪が、溶けて、それから…」

ケイゴ 「どこに」


 雪が緑色の液体(が撒き散らされた雪原)の上に降ってくる。

 → 狭い範囲の焦点で、緑色の足跡の上に降ってくる雪を捉える。

 →

 緑色のシロップをかけたかき氷のアップの映像へ(数秒そのまま)


 二人は屋台前に設置してある簡易テーブルに座って、ケイゴのみかき氷を食べている。かき氷の近くには、さっきの輪投げで偶々取ったクマのぬいぐるみ(それほど大きくもない)が座っている。


ケイゴ 「お祭りだし、かき氷も食べていかないとね。ホントに要らなかった?」

ユキ  「ええ、気にしないで」


 ケイゴは腹話術の要領でクマの両手を掴み、身振り手振り話をさせて


ケイゴ(クマ、若干声色を変えて) 
「ユキさんっていい名前だね。着ている浴衣にもピッタリだ」

ユキ  「ホントに思ってる?」

ケイゴ(クマ) 「(クマにうなずかさせて)思ってるよ」

ユキ  「ホントかなぁ〜」

ケイゴ 「…」

ユキ  「…」


 ユキはケイゴのかき氷をチラッと見て、視線を逸らす。


ケイゴ 「(うん?)」

ユキ  「…」

ケイゴ 「何かやりたい屋台ある?」

ユキ  「例えばどんなの?」

ケイゴ 「射的、型抜き…」

ユキ  「お面とか」

ケイゴ 「被るの?、買ったらつけてよ」

ユキ  「うそ。冗談だって。やっぱやめとく」

ケイゴ 「あとは、えーっと…」

ユキ  「金魚すくい」

ケイゴ 「祭りっぽいね。でも、持って帰るのかさばるよ」

ユキ  「そうだね」

ケイゴ 
「飼うとお金もかかるんじゃない?酸素ポンプとかも要るんじゃなかったっけ?金魚ってそれ要らなかった?」

ユキ  「分かんない」




25 竜神祭3


 お面の映像が数秒流れる。

 …

 二人が両脇の屋台の中を正面から歩いてくるシーン。

 色々な屋台が映る。


ケイゴ 「人居るよね。ねえ、今の男の4人組、ラガーマンっぽくない?」


 二人は何かを話している。

 ケイゴはユキの表情に笑顔が増えてきたような気がした。


ケイゴ 「占いかぁ…」

ユキ  「えっ、どれ」

ケイゴ 「あれ(指さして)」


 二人の進行方向から見て左側前方に二軒(そこまで距離がある)、「手相占い」と「タロットカード占い」のお店が並んでいる。


ケイゴ 「浮島さんって占い信じる?」

ユキ  「うーん。あんまり興味ないかな。でも、全く無いって訳じゃ…入江さんは信じるの?」

ケイゴ 「良かったら信じるし、悪かったら信じないかな」

ユキ  「気楽な性格なのね」

ケイゴ 「じゃあ、それなら別に運命とかを占ってもらわなくてもいいか。結構高そうだし」

ユキ  「…運命を信じているの?」


 ケイゴはユキの方を見て真顔で。

ケイゴ 「信じているよ。君と出会って今話しているのは…」

ユキ  「えっ?」

ケイゴ 「ほら、良かったら信じるって」

ユキ  「ええっ?(笑)」

ケイゴ 「って、カットカット(右手でカットのチョキチョキ)冗談だよ、冗談」


 ケイゴは左手で持っていたクマで顔を隠して

ケイゴ(クマ) 「冗談ですよ」


 そうケイゴが言い終わると、ちょうど店の前までやってきた。二人立ち止まる。


ケイゴ 
「たまたま今ここで立ち止まったのも運命って事なら、何もかも全て予め定まっている、という意味なら信じていないよ」

ユキ  「…」

ケイゴ 「そんなのは映画の世界の話だろう」

ユキ  「ホントにそうね」




26 竜神祭4


ケイゴがユキに話しかけているシーン(口パクな感じで)


ケイゴ 「すくいたい…」

ユキ  「…(何かを考えている)」


 金魚すくいの屋台。水槽の映像(数秒)

ケイゴ 「…やってみます?実はやりたいんじゃないの?」

ユキ  「え?ええ、どうしようかな…」

ケイゴ 「大丈夫。取ったら自分が持って帰るよ。それとも欲しい?」


 そう言うと、ケイゴは屋台の前に行って注文した。こっちにおいでと手招きしている。


 金魚の水槽の映像。

 二人水槽の前で。ケイゴが道具(ポイと椀)を持っている。最初にやるようだ。


ケイゴ 「取り過ぎちゃったらどうしようかな〜」

 ケイゴが金魚すくいをしながら何かをユキに話しかけているシーン(口パクな感じで)


 あっさり、ポイの和紙に穴が空いてしまった…。


 ケイゴがその穴から冗談ぽく笑いながら片目でユキを覗いているシーン。(口パクな感じで)児童買春店の過去の場面へ。ガラス窓の内部ではユキを含む複数人の女の子が待機している。薄暗い感じ。女の子達からの視点で一番左側のカーテン寄りに居る客が(客は三人居る。物色している)ユキを見ている。


 見ている白髪のおじさん客の映像(数秒)

 見ているおじさん客の目を強調して(数秒)

 女の子達の映像

 →

 ユキのトラウマになっている緑色の髪の毛の買春客が、片目に持参の大きな虫眼鏡を当ててユキを見ている(買春客だけ)シーン。見開いている目が眼鏡によって大きくなっている。買春客は笑顔である。(数秒)




27 竜神祭5


ケイゴ 「さっきより顔色良くなったよ」

ユキ  「ごめんさない、どうしちゃったんだろう」


 アーケード内の店舗に入っていた某ファミリーレストランのチェーン店にて。息が荒く苦しそうにしていたユキを見兼ねて連れてきた。休憩している。二人対面でテーブル座席に座っている。


ケイゴ 「浮島さんって体細いし虚弱体質とかなの?…っていう風に言われたら傷つく?」

ユキ  「平気、ぜんぜん。でも体は弱い方だと思う。貧血にもなるし」

ケイゴ 「最初に会った時も具合悪かったよね」

ユキ  「いつもあんな感じかな」

ケイゴ 「…」

ユキ  「…」

ユキ  「…入江さんって」

ケイゴ 「うん?」

ユキ  「夏って好き?」

ケイゴ 
「えっ、季節の事?うん。こういうお祭りもあるし好きな方かな。ユキさんはどうなの?何か溶けちゃいそうじゃない?」

ユキ 「え、…ホントにそうかも」


 「…」

 ユキがそう言うと会話も途切れて。ユキは店内に飾られている、鉢に植えられた大きな植物に目をやったりしている。


ケイゴ 「ちょっと…」

 ケイゴは席を立ちトイレへ。


 洗面台の鏡で自分の顔を見ている。台の隅には洒落たステンドグラスの、緑色を基調としたランプの置物が置いてあった。

ケイゴ 「痛てて…」

 右目が痛い感じがして、軽く人差し指であっかんべーをしながら目を確認している。鏡の一部分にはひびが入っており、ちょうどケイゴの右目が真二つに割れているかの様に映る。

ケイゴ 「…」

 少しズレてひびの無い部分に瞳を映し直す。それから水道の蛇口をひねって水を流すと流し台の中の蚊の死骸(一匹)が水流に引き寄せ られ、そのまま排水口に落ち込んでいった。


 ケイゴが座席に戻るとユキの姿が無かった。

 ケイゴ 「あれっ、どこ行っちゃったのかな?」


 辺りを見回して探していると…

(コンコンッ)

 何かを叩く音が聞こえる。ケイゴは音がした方の窓側に目をやると、ユキが店の外から二人が座っていた席の窓ガラスを叩いていた。ユキはケイゴに向かって先程の景品のぬいぐるみと一緒にモデルの様なポーズを取った。

ケイゴ 「…」

 ケイゴは数秒程度ユキを見ていた。その間当然ガラスに阻まれるが、手を伸ばしても彼女には届かないような気がした。


 ケイゴは笑いながら、支払いを済ませて自分も外に出る。


ケイゴ 「ちょっと探しちゃったよ。待っててよ」

 ユキから手渡されたぬいぐるみを受け取る。

ユキ  「嘘嘘、冗談だってば。もう平気。先に行こうよ」




28 竜神祭6 


 彼女は自分に気を使っているのだろうか。さっきのファミレスを出た辺りから、明るく元気に振る舞っている様だ。ひ弱な女に思われたくないのだろう。ケイゴは自分の三歩先を歩き、次から次へと屋台を指差すユキの後ろ姿を見つめていた。


ユキ  「何これ」

ケイゴ 「わっ、急に止まらないで。ぶつかりそうに…」

ユキ  「えっ、ごめんなさい」


 心なく謝りつつ、ユキは注意した屋台へと足速に近づいていった。ケイゴはユキを追う。


 『恋の魔法の薬 500円』


店主  「いらっしゃい」

ユキ  「これ何だろう」

ケイゴ 「(ユキに追いついて横から)どれさ、うん? 
     …『魔法の薬』って、これ、ドラッグか何かかな?」

ユキ  「ええっ?…ねえ、もう行こうよ」


 ユキは立ち去ろうとする。


ケイゴ 「え、ああ」

店主  「待って待って」


 屋台店主はユキを引き止めて。


店主 
「これは怪しい薬じゃないし、変なやつじゃない。薬って言っても勿論違法じゃないよ。ホント。それだと摘発されちゃうでしょう?」

ユキ  「ねえ、行こうよ」

ケイゴ 「うん…」

店主  
「違います。これを飲み干しただけで恋に落ちるという薬で、いやらしい気分になるとかそういうのじゃない。誓ってそうじゃない。そういうメディアで非難されているような薬じゃない」

ユキ  「…」

店主  「短い時間だけだが必ず恋に落ちる。100%ね」

ケイゴ 「(笑)またぁ。ホントに?それで500円なの?」

ユキ  「…(愛想笑いをしている)」

店主  「お二人さん?(問うような口調で。二人を順に見つめて)…。(ニコリと笑い)100%だ」

ユキ  「…」

ケイゴ 「どうしてそれで500円なのさ」

店主  「サービスです。竜神町秘伝の薬です。龍の力によるものです」

ユキ  「…」

ケイゴ 「ちょっと買ってみる?」


 ユキはちょっと、返答まで間を置いて。


ユキ 「もうヤダな〜。入江さんって…何言ってんの?」

店主  
「おまじないみたいな物と考えて。ホントだったら今の時間帯は売ってないんだよ。いつもは店はPM5時〜だ。飲んで具合が悪くなるという事もないからさ。なったら文句言いに来てくれよ」


 ケイゴは時計を確認すると、2時半を過ぎた辺りだった。


ケイゴ 「(もうこんな時間か…)」

店主  「今日はお二人の為に特別だ」

ケイゴ 「二人だったら2個要るのかな」

店主  「いや、一つでいいよ。でも2個買います?」

ユキ  「何さ。私そんなのしないから」


店主 「ありがとう。中の説明書を読んでね」




29 竜神祭7


ケイゴ 「…」

ユキ  「…」

ケイゴ 「さっきからちょっと無口じゃない?」

ユキ  「そうかな?」


 ケイゴはユキがこのような反応を示す事は予想していた。


ケイゴ 「まさか、自分の事を軽蔑していないよね?」

ユキ  「何で?全然」

ケイゴ 
「さっきの薬ってさ、屋台で堂々と売っていたしドラッグとかじゃないと思うんだよね。漢方寄りじゃないか?」

ユキ  「(笑)体に良いって事?」

ケイゴ 「いや、そういう意味じゃない」

ユキ  「…」

ケイゴ 
「祭のパーティージョークさ。あの…当然嫌だったらいいよ。買った手前一人で飲むからね」

ユキ  「…」

ケイゴ 「…」

ユキ  「一人で飲んだら自分の事を好きになっちゃうのかな?」

ケイゴ 「だろうね。多分そう。もっと自分を好きになるんだろうね」


 幾分気まずい雰囲気の中、神社の入り口が見えてきた。


ケイゴ 「ああ神社か。屋台もここで終わりだ」

ユキ  「うん」

ケイゴ 「とりあえずせっかく来たし、神社でお参りして行こうよ?」

ユキ  「いいよ」


 場面、神社境内で。

ケイゴ 
「あのさ。浮島さんがおみくじを買っている間に恋の薬の箱を開けてみたんだけどさ…」

ユキ  「うん」

ケイゴ 「見てよ。説明書曰く、


 <恋の魔法の薬の説明書>

 一、パワースポットで飲むべし
 二、一の後(場所の移動可)、一時間半、片時も相手と離れない事


 パワースポットって、今いる所がそうじゃない?」

ユキ  「神社だしね」

ケイゴ 「カップも二つ入っていたし」


 ケイゴは、薬が入っている小ボトル瓶とプラスチック製の小カップをユキに見せた。

ケイゴ 「とりあえず自分は飲むから、浮島さんが飲まないなら、そのまま龍と90分一緒にいるから」


 と、ケイゴは一方的にユキに言って、賽銭箱の奥に鎮座していた龍の御神像の方を見た。

ユキ  「えーっ?」

ケイゴ 「賽銭も500円入れてやる」

ユキ  「入れ過ぎじゃない?」

ケイゴ 「そのおみくじで恋愛運が吉系だったら一緒に飲もうよ。凶系だったらやめよう」

ユキ  「いや、それは…どうしようかな」

ケイゴ 「じゃあ、俺は飲むよ」


 そう言うと、ケイゴはカップに液体を注いで一気に飲み干した。

ケイゴ 「うーん、りんごジュースっぽいかな…。おみくじも見て」

ユキ  「(おみくじを開けて)…恋愛運は、小吉だ」

ケイゴ 「ギリギリセーフだろう」

ユキ  「…」

ケイゴ 
「早く飲まないと一緒に90分にならないよ。もう、龍とずっと一緒にいようかな。りんごジュースだって」

ユキ  「分かったって。別に今何ともないんでしょ?」

ケイゴ 「そう」


 ケイゴはもう一個のカップに恋の薬を注いだ。「じゃあ」と、ユキは照れ笑いしながら飲んだ。


ユキ  「ホント、ただのりんごジュースみたい」

ケイゴ 「でしょ?」




30 一夏の契約


ケイゴ 「今日はありがとう」

ユキ  「楽しかった」

ケイゴ 「まだだ。まだ終わりじゃない。帰った頃には一時間は過ぎるだろう」

ケイゴ 「屋台じゃなくてこっちの大きな道を行くとバス停に近いのかな。皆行ってるし」


 〜帰り道のシーン。様々〜


 資格のB原、合格の泉の前で。二人対面でテーブル席に座っている。
 PM4時半近く。


ケイゴ 「別にB原に帰って来なくても良かったけどね」

ユキ  「私もそう思う」


 <恋の魔法の薬の説明書>

 三、二の経過後数分以内に、一分間半、互いにひたすら見つめ合うべし


ユキ  「もうすぐ一時間半経つね」

ケイゴ 「そうだなぁ。飲んだ時、二人に若干タイムラグがあったけど、影響無いよね」

ユキ  「これホントにやるの?」

ケイゴ 
「せっかくだしやろう。ここ最近空いていて人居ないからさ。今他に(1Fに)誰も居ないじゃん」

ケイゴ 「よし、時間だ」

ユキ  「まばたきはいいの?」


 そして、お互いに見つめ合った。

ケイゴ 「(じっーッ)」

ユキ  「(じっーッ)」

ケイゴ 「何で今こんな事してるんだろうって、思ってない?(相手を見つめながら)」

ユキ  「思ってる(見つめながら)」

 「…」


ケイゴ 「終わり」

ユキ  「…」

ケイゴ 「1分間半経ったよ」



 <恋の魔法の薬の説明書>

 四、この夏の終わりまでの間(効果期限)、二人は恋に落ちた。



ケイゴ 「夏の終わりまで、…夏祭り用の品だしね」

ユキ  「ちょっとウケるね」

ケイゴ 「…」

ユキ  「…」

ケイゴ 「落ちました?」

ユキ  「いや、…特には」

ケイゴ 「何ともないよね。今度文句言いに行く?」

ユキ  「メンドクさいよ」

ケイゴ 「おまじないだって言ってたしね」

ユキ  「具合も悪くなってないじゃん。これジュースでしょ?」


 二人は何かを話そうとしてはいるが、言葉が見つからない。

ケイゴ 「(ニヤニヤ)」

ユキ  「何?」

ケイゴ 「あのさ。二人とも気がつかないだけで、もう効果は出てるんじゃないのかな」

ユキ  「それってどういう意味?私に恋してるって事?」

ケイゴ 
「夏の終わりまで、してる事にしてみるって事。まだ会って日も浅いし、別に馴れ馴れしい事とかしないからさ」

ユキ  「えっ?…」

ケイゴ 
「手を繋ごう、とか言わないから。体には一切触らない事にしよう。約束する。だから友達の延長じゃない?」

ユキ  「…」

ケイゴ 「無理にとは言わないよ」

ユキ  「夏が終わったらどうするの?」

ケイゴ 「薬が切れるんだから別れるだろう」

ユキ  「ふーん。それなら別にいいけど」

ケイゴ 「OKって事?」

ユキ  「いいよ。でも入江さん、夏が終わっても会い続けようとか言うんじゃないの?」

ケイゴ 「さあ…。薬が切れた後の事は想像出来ない」

ユキ  「入り込んでいるのね」

ケイゴ 「ユキさんもやってよ、お願いだから。一人にしないで」

ユキ  「う〜ん、…面白い人ね」

ケイゴ 「この夏が、終わらなければいいのに…」

ユキ  「そうね」

ケイゴ 「くだらない事を付き合ってくれてありがとうね」

ユキ  「ホントにどうしてこんな事してるのかな」

ケイゴ 「そういう時ってあるよ。相性がいいのかもね」


ケイゴ 「ちょっと質問していい?さっきの、手を繋ごうとか言わないからって台詞、キモかった?」

ユキ  「何それ」


 ケイゴは内心もうこの女性に飽きていた。"飽きた"という表現は正確ではない。彼女を何ら後ろめたい気持ちもなく見つめていた。飽きたというより絶望していた。後ろから耳元で囁かれた言葉をそのまま伝えるかのように…colours.


ケイゴ 「じゃあ、とりあえず、君の好きな色は?」

ユキ  「何だと思う?」

ケイゴ 「好きな食べ物は?」

ユキ  「コンビニ弁当以外ならいい。コンビニ弁当が好きじゃないのは言ったよね」

 合格の泉に一枚の葉っぱが浮かんでいるシーン。