31 雨の日の午後、マイコと1


 外はドシャ降りである。もう梅雨が終わりかけている頃。

 午後3時。ユキはいつもの喫茶店でマイコと待ち合わせ。


ユキ 「(今日も来ねーなぁ)」

 辺りを柑橘系の香水の匂いが漂う。


マイコ 「待ったァ?」(ユキの後ろから声が…)


 香水にかき消された、店内の湿気を含んだ夏の匂いが一時の別れさえも惜しんでいるのか。ユキの意識に殊更雨音を手繰り寄せた。

雨音 「(ザーっ)」


 マイコはユキの視界に現れて。派手なブランド服を着ている。


ユキ 「13分遅刻」

マイコ 「ゴメン、ゴメン。無理なのよ、この時間起きるの。具合悪くなっちゃう。今もきてる」


 マイコ、ユキの対面に座る。


マイコ 「あーっ、クーラー涼しい」

ユキ 「何か注文する?、私お昼食べて無いんだよね」

マイコ 「サンドイッチ食おうかなぁ。メッチャ腹減ったわ」

マイコ 「サンドイッチ食おうかなぁ〜」

ユキ 「今、具合悪いんじゃなかったの?」

マイコ 「いや、クーラーで良くなった」


 今日も二人の休日が合ったのだろう。二人の勤務時間が関係しているのか。このように電話よりも会って世間話をするようだ。互いに会いたいのだろう。注文を済ませた後、マイコはホストの彼氏ののろけ話をしていた。


マイコ 「でさぁ〜、彼ったらさぁ…」

マイコ
「ところでさ…、ウチの友達がこの前市販薬飲みまくって痙攣して超ヤバかったみたいな話をしてたんだよね」

ユキ 「こわーい。相当飲んだんでしょ?何錠くらい?風邪薬とかなの?」

マイコ 「いや、何の薬だったかは」

ユキ 「その子大丈夫だったの?」

マイコ 「生きてるから大丈夫だったんだろう。アンタはそんな事無いと思うけど、そういうの気をつけなよ」

ユキ 「…」

マイコ 「?」


 マイコの予想していたリアクションと違ったのか。続け様にユキに問いかけてくる。


マイコ 「どうしたん?、何かあったの?」

ユキ 「…え、いや…」

マイコ 「??、…ホント、そういうの危ないから気をつけなよ〜」




32 雨の日の午後、マイコと2


 〜


マイコ 「うん?」


 マイコは訝しそうにユキを見ている。

 ユキも少し動揺して、


ユキ 「えっ…、何よ」


 その時、話に割って入るかのタイミングでウエイトレスが料理を持ってきた。 


マイコ 「おー、サンドイッチ来たよ」

 マイコの注意はサンドイッチに移った様子。


ユキ 「私のバターカレーはまだか」

マイコ 「このサンドイッチ、めっちゃ量多すぎじゃねー?」



ウエイトレス 「バターチキンカレーになります」

ユキ 「あっ、来た」

マイコ 「うまっ(モグモグ、食べている)」


 テーブルに置かれたカレー。

 ユキは何の気なしに、スプーンを手に取り、視力検査の様に片目(右目)を隠した。


ユキ 「今日のマイコの服、可愛いよね(片目を隠しながら)」


 そう言うと、今度はもう一方の目を隠した。

ユキ 「どっち(の目)で見ても可愛いよ」


 サンドイッチを頬張りながら笑顔で相槌を打つマイコは、飲み込んだ後、また先の話を蒸し返した。


マイコ 「このサンドイッチ、痙攣するほどうまいわ」

ユキ 「えっ?(スプーンで片目を隠したままで)」

マイコ 「さっきの話だけど。薬とか男にやらされたみたいな話さ、しょっちゅうあるじゃん」


 ユキは視界を半分に遮られた先の、堂々としたマイコにいつもに増して鋭さを覚えた。


ユキ 「…」


 ユキはスプーンをカレーの上に置いた。隠していた目の側から聞こえてくる雨音が少し和らいだ感じがする。別に、親しい仲のマイコに薬の事を隠しているという訳でもないのだが、「男にやらされた」というマイコの言葉に押し出される形で、ユキは話を切り出そうとしていた。


ユキ 「…いやさ、実はさぁ」



 外は雨。嫌な思い出も心の傷も、全て洗い流されてしまえばいいのに。




33 雨の日の午後、マイコと3


ユキ 「…それでさぁ」


 ケイゴとの経緯を聞かされたマイコは顔を真っ赤にして大笑いしていた。


マイコ 「(ひーっ、おかしい。アハハハッウっ…)マジで超ウケるんだけど…何なのその電話、わざと?」

ユキ 「ちょっと、笑い過ぎじゃない?」

マイコ 
「(ユキさぁ、そういうのやめた方がいいって(笑)。ウッ…ゴフっ(サンドイッチを食べようとして、笑で食べられない)」

ユキ 「まあいいじゃん」

マイコ 「…て言うか、その電話の出会いから恋の薬なのがウケるよね」

ユキ 「私、男の人に薬をやらされたのよ」

マイコ 「アンタ何言ってんの、この人。自分でやってんじゃんよ」


マイコ 「(その電話はビックリだわ〜)」(← 笑。ウケてる)


 マイコは薬がキマッてケイゴに電話してしまった件がよほど面白かったのか、「勘弁してくれよ〜」という感じで笑い続けている。



マイコ 「でも、そいつちょっとヤバくない?、何で無職なの?」

ユキ 「その資格取ったら働くんじゃないかな。分かんない」

マイコ 「危ないって。資格のB原で何でグラサンしてんのさ。キモくない?それ」

ユキ 「いや、そんなに嫌な感じの人じゃなかったよ。また次も会う約束してるんだ」

マイコ 「ユキって、実は薬漬けだったんだ」

ユキ 「えー?そこまでは、違うよ。して会いに出かけないって」

マイコ 「違うって。恋の薬の方だってば」

ユキ 「ヤダなぁ。何言ってんのさ」

マイコ 「夏が終わるまでねぇ〜」


 そう言うとマイコはアイスティーのストローをくるくるとかき混ぜた。氷がカランカランと音を立てる。マイコはユキを見つめている。


マイコ 「(じーっ)」

ユキ 「マイコ…今、私の事見つめてる?」




34 Monster Designer


 ユキの部屋のシーン。

 先日のお祭りで取った景品のクマのぬいぐるみが、デスクの上に見開きの状態で置かれていた社労士講座のパンフレットの上に座っている。

 

 ぬいぐるみを数秒映す。

 

 次に、風呂のドアが映る。

 ユキの入浴中のシーン(バスタブの中)

 

 少女時の回想シーンへ。

 60歳くらいの男性がバスタブの中から誘っている。


60歳くらいの買春客 「早くこっちにおいで」



 場面が変わってケイゴの部屋のシーン。


 ケイゴがパソコン(デスクトップPCでテレビとはモニターが別)でインターネットをしている。旅行サイトを見ている。グアム島のようだ。


ケイゴ 「あー、年金キツい。もうアホらしい。南の島かどっかにでも行きたいよね(いや…微妙だな)」


 部屋のテレビとその手前にはゲーム機が置かれていて電源が入っている。やっていたのか。

 ゲーム機を映した後、テレビを映す。テレビにはRPG風のモンスターが次から次へと何体も映る。


ケイゴ 「生きててもつまんねーよなぁ」


 リビングの中央に置かれているテーブルとソファ。


 テーブルにはこの前の「恋の薬」の空き瓶が置かれており、社労士の"厚生年金"のテキストも。その近くにノンアルコールビアテースト飲料の350ml缶が置いてある(これから飲むのか)。

 

 場面が変わって、ユキの入浴中のシーン(バスタブの中)

 正面から首を湯に向かって曲げるようにして、顔をお湯に浸けて。


 少女時の回想シーンへ。


20代の買春客 「君は勇者の仲間なの?回復系の魔法は使えるの?」

少女のユキ 「(僅かだけ「キモい」という感情が顔に出てしまって…)」

20代の買春客 「あ?今、俺の事気持ち悪いって思ったっしょ?」

少女のユキ
「全然思ってないわよ。あんた、バッカじゃないの?(← 気の強いキャラを演じさせられている)」

20代の買春客
「最近さぁ、ゲームやり過ぎて2次元だか4次元だか、昭和なのか平成なのか、訳わかんなくなってるんだよね。(ユキに向かって右手を伸ばしてきて)ちょっと確かめさせてくれよ」


 と、ユキを触るのかと思いきや、ポケットからワザとTバックのパンティ(少女用)を落として…。


20代の買春客 「あれ?なんだこりゃ」


 買春客はスマホを取り出して、パンティにかざした。すると、RPGゲームの「アイテムが呪われた際の音楽」が鳴った。(← 意図的に鳴らしている。「ディロディロディロ…」)


20代の買春客 「これ穿いてもらおうと思ったんだけど、呪われてるな」

少女のユキ 「…(若い客だとネタ入れてくるやつ居るよな)」

少女のユキ 「呪われてる?ちょっとアンタ、ふざけないでちょうだいっ」


 先ほどの、60歳辺りの買春客の場面に移る。


 60歳くらいの買春客は、バスタブの中からこちらへ(ユキの方へ)、手のひらが天井に向く感じで左手を伸ばしている。目は見開いている。(無言で笑顔)

 伸ばしている手のひらが強調されるカットに移り、その手のひらの上に、RPG風のモンスターが乗っている(合成)。




35 ケイゴの月曜日


 この日はケイゴは午前中から街をぶらついていた。 

 コーヒーショップチェーン店で。


ケイゴ 「(社労士また落ちるんじゃねーのか?)」(← サングラスしている)

 ケイゴはコーヒーを飲んでいる。


 場面変わって、繁華街にある映画館から出てくる。ラブストーリーものの映画だったようだ。


ケイゴ 「(まあまあだな)」

ケイゴ 「(何見ても基本つまんねーなぁ)」


 レストランで。パスタを食べてる。

ケイゴ 「(食べている)」(← サングラスは取らないで)


ケイゴ 「(浮島ユキか…。可愛いけど、どことなく暗い感じの子だよな)」


 ケイゴはレストランのレジで支払いをしている。

レジ係 「1,780円です」


 お金を払って、何やら考えながら店を出る。


ケイゴ
「(恋の薬か…。どうせ進展しないし。何だろうな…。ああ、「南の島に行きたい気もするけど、微妙というか、どうでもいい」という心境に似ているな。そう、若くて可愛い子なら誰でもいい。あいつも結構可愛かったよな。別に、押し倒してレイプするって訳でもないのに何をしたい?)」


ケイゴ 「(…恋の薬…そうだ。1分、いや10秒だけでもいい。俺は夢中になりたいんだ)」


ケイゴ 「(だから、お祭りで買っちゃったのかなぁ?そういう事?)」


 ケイゴが立っているシーン(← 正面から)


 熱帯魚店『アクアバージン』

繁華街、店前で。色鮮やかな熱帯魚水槽が並んでいる映像。店の中もその位置から見える、奥に水槽が所狭しと並んでいる。


 ケイゴが5秒くらい魚に見とれている映像。その後、ちょっとサングラスをずらしたりして、魚の色を確認している。


ケイゴ 「…」


 ケイゴの部屋のシーン。

 部屋に熱帯魚水槽。




36 クーラーの効いた部屋


 誰にも邪魔されない程薄暗い部屋で、初期設定なのか、水槽上部から魚を照らしているLEDの水槽灯の灯の色が突然切り替わり、ケイゴはちょっと驚いた。


 店ではとても綺麗に思えたが、まあまあか。ケイゴの水槽のレイアウトが今一だからか。


ケイゴ 「(魚は今の電灯の変色を認識出来るのか?)」


 事実、光は、魚の住処である閉じられた水の世界の外からやって来る。


ケイゴ 「(魚は水槽から出たいと思うのだろうか。透明な壁の外の世界へ泳いで行きたいと)」


 魚は外界へと、自由になりたいと思うものなのだろうか。でも、そこにあるのは…


 ケイゴは水槽に手を伸ばして、際に寄って来た魚を人差し指でコンコンと叩いて反応を見ていた。

 何故、値段もするのに一式買ってしまったのだろう。


 「…さんって、運命って信じてるの?」


 水槽を購入した事も、今、クーラーの排気の音が気になってしまっている事も、魚と目が合い、すぐに彼が泳ぎ去ってしまった事も、小さな運命と言えばそういう事になるが。


 ケイゴ 「…バカバカしい」


 冷んやりとした乾いた海の中で、今は何時頃だろうか。でも、ケイゴは閉め切っているカーテンを開ければ光が差し込んで来る、そんな気がして手を伸ばした。




37 森林公園


 街中に在る、かなり大きな森林公園の入口でケイゴが待っている。一人立っている。

資格のB原は街の駅から近くそこから徒歩10分程度の所に、森林公園はB原からさほど遠くない場所に在る。彼らが待ち合わせた入口の内の一つは、やや高級な感じがする住宅街に道路を一本挟んで面しており、公園敷地には大手ショッピングモールも道路を一本挟んで隣接している。


ケイゴ 「どうしたの?」


 ユキは息を切らしている。遅れそうになったので急いだのだろうか。


ユキ 「ううん。何でもない」


 二人で公園内路を歩いているシーン。

 ユキの顔を映しているカットで、ケイゴの方を数秒見ているままで。


ケイゴ 「どこか行きたい所ある?」

ユキ  「いや、特に無いけど…」


 公園内の池の周囲に設置されているベンチに二人腰掛けている。


ケイゴ 「あれ、見てよ。親子で子供が跡をついていってる」

ユキ  「すごい可愛いよね。何の鳥だったっけ?」

ケイゴ 「えー、…アヒルか?」

ユキ  「アヒルってあんなんだったっけ?…アヒルじゃなくない?」

ケイゴ 「うーん…」


 ケイゴが考えている最中、"醜いアヒルの子"という言葉がユキの中に浮かんできた。


ユキ 「(私は醜い子だよな。…あの話って、最後どうなったんだっけ?…アヒルは確か…)」


 ケイゴはベンチから立ち上がって、


ケイゴ 「あっちに行ってみようよ」

ユキ  「うん」


 白鳥ボート乗り場にて


ケイゴ 「この公園にこんなのあったんだ。このボートって有名だけどあんま見ないよね」

ユキ  「遊園地とかに行けばあるんじゃないの?」

ケイゴ 「乗ってみようよ」

ユキ  「えっ…、ホントに?」   


ユキ  「(そうだ。アヒルの子供って、実は白鳥だったんだ…。ふふっ、おっかしい)」

ケイゴ 「よし、乗ろう」


 "白鳥"という言葉におかしさが込み上げてきたユキだったが、ケイゴに手を引かれて、妙に恥ずかしい気持ちになった。


ボート受付の人 「ライフジャケットです…」


ケイゴ 「タイタニックする?」

ユキ  「タイタニックって、両手を広げるやつ?このボートじゃ無理じゃない?天井にあたりそうじゃない?」

ケイゴ 「バランス崩して池に落ちちゃうかな」

ユキ  「それすごいバカっぽくない?溺れて死んじゃうからタイタニック号なの?」

ケイゴ 「いや、危ないか」


 一隻の白鳥ボートが池の上を漂っているシーン。


ユキ  「(ペダルを漕ぎながら)ちょっと、流されてない?」

ケイゴ 「今、風強いからね」

ユキ  「大丈夫かな」

ケイゴ 「大して大きい池じゃないしこの程度じゃ転覆しないって」

ユキ  「何か漕いでる方と違う方向に流されてるんだけど」

ケイゴ 「このまま流されるのもいいんじゃないか」

ユキ  「何それ?意味分かんない」


 ユキの顔を映して、ケイゴに見つめられたと思ったユキが目を逸らすシーン。


 池の手前側から遠目で、白鳥ボートを映しているシーン。ボートが風に流されて次のシーンへ。




38 ショッピングモールのフードコートで


 二人ショッピングモールの地下、フードコートで


ケイゴ 「好きな食べ物って、えーっと…うなぎ、鰻重だったっけ?」

ユキ  「それ、笑わそうとして言ってるの?言ってないよ、そんな事」

ケイゴ 「まあ、ここにそんな店入ってないみたいだしね」

ユキ  「…」

ケイゴ
「結構ここのフードコートって大きいよね。こういう所って500円とかだし学生とかの溜まり場になるでしょ?ユキさんもちょくちょく来てたんじゃないの?」

ユキ  「私、大学とか専門学校に行ってないし」

ケイゴ
「じゃあ、こういう所に来た時に、"とりあえず注文するやつ"、みたいなのが自分の中に無いんだ?」

ユキ  「うん、そんなに来ないし。自分は決まってるやつあるの?」

ケイゴ 「ポテトかー?」

ユキ  「…」


 フードコートには、ファストフードから麺類、サンドイッチ系、たこ焼きお好み焼き…etc、お決まりの店が並んでいて、最近は昔はあまり見なかった、アジアの国々の、例えばベトナムの郷土料理を出しているお店等もちらほら増えてきた。


ケイゴ 「あのたい焼きのお店行ってみる?」

ユキ  「ええ」

ケイゴ 「っていうか、忘れてると思うけど、今恋の薬が効いてるんだからさ〜」


 7月に入り蒸し暑くなってきた。夏本番である。


ユキ  「そうだったね」

ケイゴ 「たい焼きで、いろいろ種類があるでしょう?、あんことかクリームとか」

ユキ  「うん」

ケイゴ
「俺がたい焼き屋の前で、あんこか、カスタードクリームか、他のやつか…。「よし、あんこにしよう」って言ったら、「私も同じやつがいいーっ」って言ってよ」

ユキ  「はい?えっ?」

ケイゴ 「俺と同じのが食べたいに決まってるじゃん」

ユキ  「あー、まあ…そうね。何よそれ。演技指導みたいじゃない」

ケイゴ 「私も同じやつがいい、ってなるだろ?」

ユキ  「(笑)分かったって」


 ケイゴはテーブル席からたい焼屋の前まで移動した。ユキもついていく。


たい焼屋店員 「いらっしゃいませ〜」

ケイゴ 「…えーっと。どれにするかな(右手の指で顎を触りながら)

       俺、あんこにするわ(あんこを指差して)」

ユキ  「じゃあ…じゃあ、私もあんこがいいーっ」

店員  「あん、三つですね」


 ケイゴとユキがたい焼きを食べているカット。

 次に、テーブル上に広げた紙袋(たい焼きの)の上に半分こに真っ二つに割られたたい焼きの図。


ケイゴ 「頭と尻尾、どっちがいい?」

ユキ  「どっちにしようかな…頭」




39 エスカレーターに乗っている間の会話と詩


 エスカレーターで上階へ移動中


ユキ 「聞いていい?入江さんって、前はどんなタイプの子が好きだったの?」

ケイゴ
「あんまりそういう記憶無いな(ユキには言わないが「監視されている」と思っているので)」



ケイゴ 「好みのタイプっていうか…


 恋とは
 どうせ手に入らぬと思っている者を
 僅かばかりでも欲しいと思う気持ち、
 手に入れたいと願う事。


 愛とは
 そこから立ち去るべき者が立ち去らぬ時
 知られぬ様に、フェイクの海で溺れる事。


 後事も考えずに、盲目の彼方へと。


ユキ  「入江さんは一途なの?」

ケイゴ 「一途って、想いを貫くって意味かな」

ユキ  「それだとストーカーっぽいかも」



 いっその事、銀のナイフで己の身をも貫いてしまおうか、徹底的に。

 この夏の終わりにでも。深い海の底まで落ちれば光は届かない。

 失われた colours.



ケイゴ
「全然モテないというか、女性に大して縁が無い人生なので愛がどうこうとかあんまり考えないよ」

ユキ  「そうなんだ…」




40 ケイゴの誘い


 エスカレーターが3Fに差し掛かろうとしている。


ケイゴ 「水着のセールやってる」

ユキ  「夏だし7月でしょ、もう」


 ケイゴは3Fに立ち寄るべくエスカレーターから降りて、その跡をユキもついていく。


ケイゴ 「ユキさんは可愛いし、水着が似合いそうだ」

ユキ  「褒めたって何も出ないよ」


 エスカレーター降車口付近に展開していた水着の特売コーナーには女性モノを中心に沢山の水着が展示されており、浮き輪や空気ボート等の配置も効果的に夏の海を演出していた。家族向けコーナーでは父母と一緒に2体の水着を着た女の子のマネキンが、コーナーの存在を示し口火を切るように、そこから女の子供向けを中心に色とりどりの水着が飾られたり並べ置かれたりしていた。それらの背後の壁には、非常に大きな南国エメラルドグリーンの海の写真パネルがディスプレイされていて情緒を装っている、客目を引いていた。


ケイゴ 「今は薬の効き目はいいからさ」

ユキ  「うん?」

ケイゴ 「ここで水着を買ったら一緒に海に行く?こんな海に」


 ケイゴは海の写真へと視線を移してユキを誘う。


ユキ  「どうして恋の薬はいいの?」

ケイゴ
「それだと、「行こー、行こー」ってなるじゃない。ちょっと女の子に強要かなって思って」

ユキ  「そうだね。…どうしようかな〜、バイトもあるし。うーん」


 ユキは返答を保留しながらこの緑色の海に吐き気を催していた。具合が悪くなり、写真から目を背けたくて作り笑いももうすぐにでも止めたかった。この場から離れたかった。それでもケイゴに悟られたくないという思いが強く、普通の女の子がこの海を嫌うはずがない。この場を繕おうと彼の誘いに同調する姿勢を強く取った。


ユキ  「(今、本当に(恋の)薬が効いていれば良かったのに…)」

ケイゴ 「無理強いはしないよ。っていうか二人の夏と言えば海だろう?」

ユキ  「だよねー」

ケイゴ 「そうそう。俺がここで水着買ってあげるから」

ユキ  「えーっ、悪いよぉ」

ケイゴ 「バイトを何日か休みもらって、難しかったら親戚が死んだことにしたらいいじゃん?」

ユキ  「海かー」

ケイゴ 「レンタカー借りようぜ。免許は持ってるからさ」

ユキ  「車で行くの?」

ケイゴ 「そう」

ユキ  「どうしようかな、じゃあ、行こうかなー」

ケイゴ 「そうだ。そうだ」

ユキ  「でも何処に行くの?」

ケイゴ 「決めていない。決めた方がいいか?」

ユキ  「え?いや…」

ケイゴ 「南だ。海の色が緑色になるまで行こう」

ユキ  「すごーい。かっこよくない?海の色が変わるまで行くなんて」

ケイゴ 「フフッ。二人の思い出に変わるまで行こう」

ユキ  「ちょっと、ヤダーっ。このこのこの〜(軽くケイゴを叩いて)」


ユキ 「(水着か…)」

 ユキは「これから水着を一緒に選ぶのかな?どんなのかな」と考えつつ、昔買春客が頻繁に持ってきた紐水着とか、店で用意された変態衣装の水着とか(ユキが着用品を選ばされる事も度々あった)、そういうのでなければどの水着でもいいと思ったが、そんな事は当然言えるはずもなかった。彼女には、"男性と一緒に水着を選ぶ"という行為に関して抵抗感はさほどなく(「一緒に水着を選ぶ人=彼氏」という感覚は希薄である)、ただ、超ハイレグ水着(一般の店には無いのだが)じゃないのを選ぼうとか、そういうのをケイゴが選んだらどうしようと、そんな事を考えて心配していた。


ケイゴ 「ユキさん?」

ユキ  「…え?、ええ。思い出に変わるまでね」

ケイゴ 「それ、ヒットしたの?」

ユキ  「行ってもいいけど、泊まる部屋は別々なんでしょ?」

ケイゴ 「え?…そう、勿論。当然」


ケイゴ 「ビッグイベントが決まったね。夏の終わりに行こう」

ユキ  「うん。シフト聞いてみる。でも、もし行けなかったらゴメンね」



 フェイクシー。彼女の思い出が変わるまで。