41 時限ソファー


 ショッピングモールを後にした二人は中心街をぶらついている。ブティック、雑貨屋、スイーツ・ケーキ、絵画・アート、本屋…etc ウィンドウショッピングをしている様子。


ケイゴ 「入りたいお店があったら言ってよ」

ユキ  「うん…あれ、あそこ面白そうじゃない?」


 ユキが指差したのはお洒落でモダンな感じの、リビングテーブルやら椅子やらが通行客向けのウィンドウにディスプレイされている家具店だった。


ケイゴ 「家具屋か。ここはチェーン店じゃないな」

ユキ  「お洒落な感じがするよね」


 二人家具店に入る。


ケイゴ 「見たい家具とかある?」

ユキ  「…ない。特に」

ケイゴ 「じゃあ、ちょっとテレビ台を見に行っていい?」

ユキ  「うん」


 テレビ台を探している最中、二人はソファーコーナーに立ち寄った。


ユキ  「うわぁ、沢山あるね」

ケイゴ 「高いよね、ソファーって」

ユキ  「…あのソファー良くない?」


 そう言うとユキはソファーに近づいて座った。海の色の様なブルーのソファーだった。


ケイゴ 「(二人掛けで青色か…)ああ、青色ね。これってオーシャンブルーじゃない?」

ユキ  「えっ?さっきの話?」

ケイゴ 「緑色のソファーの方がいいんじゃないの?」

ユキ  「いや、この色でいい」


 ユキは強めに否定してしまった。


ケイゴ 「そう…」

ユキ  「座り心地もいいよ。座ってみてよ」


 ケイゴはユキの隣に座った。


ケイゴ 「ホントだ。いい感じだね」


 10秒程度。二人無言で座っている。


ユキ 「テレビ台見るんでしょ?」


 ユキは立ち上がった。


ケイゴ
「このソファーいくらかな。こういう店のソファーって、2,30万とかもっとする場合あるよね。

                              … お、現品特価 79,800円か」

ユキ 「それでも高いよ」


 行こうよ、と立ち去ろうとするユキを呼び止めて。


ケイゴ 「待って、待って」

ユキ  「えっ?、もっとソファー見たいの?」

ケイゴ 「そうじゃない。このソファー今買うから俺の部屋に遊びに来てよ」 

ユキ  「(笑)えーっ?」

ユキ  「…」


 ユキは黙ってしまい、先程の海の誘いに続け様に「部屋に来てよ」では、ちょっと性急過ぎるかなとケイゴは思った。一緒に海に行くんだからもう俺の部屋に来たっていいだろう、のように受け取られかねない。機嫌を損ねてさっきの海の話もキャンセルになってしまうかもしれないと彼は焦った。自らの発言を修正するかのようにケイゴは言葉を続けた。


ケイゴ 「いやいや。そうそう、夏の終わりまでだよ」

ユキ  「どういう事?」

ケイゴ 「夏が過ぎたら中古屋に売るからさ。盛り上げ用で。ほら、薬のせいでつい買っちゃうんだよ、今」

ユキ  「強烈に薬が効いてるよね。それ、8万円もするよ?」

ケイゴ 「(高い…)ううっ。でも、取り敢えず買うからね」

ユキ  「あ、いや、何て言ったらいいんだろ…」

ケイゴ 「まあまあ、買わせてくれよ。買ったんだから絶対来いよ、とか言わないからね」

ユキ  「…」


 ソファーを買った後。二人店を出て歩きながら、


ユキ  「すごいびっくりした。ホント超薬効いてるよね」

ケイゴ 「フフッ。お互いにだろ?」

ユキ  「売っちゃうの勿体なくない?そんなに高く売れないでしょ?」

ケイゴ 「あ〜あ、言っちゃったよこの人。それどういう意味?夏が過ぎた後も一緒に使おうって事?」

ユキ  「え?(笑)いや、ずっと家で使ってればいいじゃん」

ケイゴ 「あっ、そう…」


 二人話しながら並んで歩いている。突然ユキだけが歩みを止めて。


ケイゴ 「(振り向いて)うん?どうしたの?」

ユキ  「ちょっと聞いてもいい?」

ケイゴ 「何の事でもいいよ」

ユキ  「入江さんって、私のどこが好きなの?」

ケイゴ 「えっ?、…」


 "(ユキの声で)彼は答えなかった。"




42 トモカの場合1


 トモカも他同様、赤ん坊の時、金に困った両親に売られて児童売春、性風俗の暗路に流れ着いてしまった。彼女はとても可愛らしい子供だったので、と言っても幼稚園年齢の女児の時分の話だけれども、こんな顔立ちの子供が欲しい等時々の需給関係の影響もあったのだろう、VIPクラスに配属された。

 幼稚園時の年齢、小学校低学年時の年齢などと表すのは、某ヤクザ組織と警察(警察庁がリードしている)が共同で運営・管理している児童買春、児童供給システムにおいて、特Aのマル秘機密の児童買春店の約束事とは、採用される(連れて来られる)子供達は「出生届を出していない子供」いわゆる「無戸籍児」に限られるのである。ゆえに学齢簿から漏れてしまい、小学校等に行かせない。そもそもが親のミスという話ではなく、意図的に手続きを取得させない事情が親側にある子供達なのである。想像してもらえれば、何かしらの事情があるので出産も病院ではなくこっそりと自宅で、というケースも多い。「捨てたい」と思っている赤ん坊に手続きなどあえてしない。そこに値段をつけて買い取ってくれるという話があるんだったら、事後処理面倒見てくれるのならばそれならばと売ってしまうのである。

 以上が、児童期に学校に行かないで、寮などで管理下に置かれる、児童風俗のスペシャリストを生み出す背景となる。


警察幹部
「背景っていうか、堂々と言えんが捨て子の支援事業だ。前からのを引き継いだんだ。うちらでやってるやつは将来を見据えた貯金も出来るよ。役人なので、全部貢がせて搾り取ってタダ働きさせる、みたいなのはダメなんだ」


 特Aマル秘買春(その中の頂点がVIPクラス)が本丸である訳だが、この枝葉に普通の小〜高校に通っている児童、不登校児童がこちらの世界に合流してくる。このように複雑な体系を成している訳だが、もっとも、特Aと一般は機密の観点から交わりはしない。



 幼稚園の年長ぐらいの年齢時、他の同年齢の子供2人と組まされて、パンツ一丁ではしゃいでいるトモカ達。


トモカ 「キャイ、キャイ」

他のVIP子供A 「ワイ、ワイ」

他のVIP子供B 「ガヤ、ガヤ」


ヤクザの親(児童買春担当養育係)
「トモカって将来何に成りたい?」

トモカ(5歳) 「女優がいい」

ヤクザの養育係
「なれるのかな〜?女優は超難しいぞ。おめー歌上手いし、アイドルがいいんじゃねーか?」

トモカ 「アイドルって何?女優と何が違うの?」

ヤクザの養育係
「俺から言わせればどっちもあんま変わんねーよ。両方TVのスターだよ。芝居の演技が上手くなければならないのが女優。歌やダンスが上手じゃないとダメなのがアイドルだ。どっちも可愛くないとなれないけど、おめーは超可愛いから顔は大丈夫だ。劣化しなけりゃな」

トモカ 「そっかー。じゃあ、トモカアイドルになりたい」

ヤクザの養育係 「まあ頑張れや」


ヤクザの養育係 「(…アイドルと言っても、風俗とかAVのアイドルだけどな)」


 踊りを披露しながら、客と一緒にカラオケを歌っているトモカ。芸を磨いている。

トモカ(6歳) 「♩、♬ 〜(某アイドルソングを歌っている)」


ヤクザの養育係 「…その話ホントですかい?」

同僚のヤクザ
「マジでよ。あいつ芸能界でアイドル路線でデビューさせるって。総務省のTさんがトモカをえらく気に入っちゃっててさ」

ヤクザの養育係
「こういうの(VIPクラス → 芸能界へ)、前はいつだったっけ?レアなケースだよな」

総務省のTさん
「うちらも鬼じゃない、人の子だからさ。最初から100%アイドルになれないのに(→AV、性風俗へ)、「可愛いからアイドルスターを目指せ」とか、それは流石に子供に言えんだろ。なあ?」

ヤクザの養育係
「ですよねー。こういうルートを開拓していただく事によって、彼女達も芸に身が入りますよ」


参考談話)

警察庁のHさん
「俺たちくらいになると、自分から敢えて小学生(低学年〜高学年)との性交を撮影させてヤクザに持たせておく。一種のプレイみたいなもんさ。実はこの前さ。ネットの某サイトで同僚が2,3人、小学生低学年女児との性交写真が流出しちゃったんだよね?それ見ちゃった?」

警察庁のSさん
「2人ではなく、30人流出したにせよディープフェイクだそれは。疑うな。あんまりうちらに恥かかすとヤクザを皆殺しにするからね。チェーンソーでバラすよマジで。…まあ、そこまではしないにせよ、公安が森に連れて行って埋める。情報統制かけて一切報道しない。ネット上のは全部ガセだぞ」

警察庁のHさん
「これは冗談じゃないよ。彼、山にハイキングにでも行って滑落したんじゃない?」


ヤクザの養育係 「おい、トモカ聞いたか?やったなオメー」

トモカ(7歳) 「私が…(信じられない)、やった〜ッ!!」




43 トモカの場合2


 デビューして以来、小学生グラドル、雑誌モデル等を中心に活動していたトモカであった。VIPクラスの出勤日数はその分控え目になり、トモカとしてはアイドル芸能活動のみに専念したいのだが、それは周囲が許さなかった。世間の知名度はあまり無かったが、一部のアイドル好きファンの間では「とても可愛い」とじわじわ人気が高まっていた。

 15歳の時に3人組アイドルユニットのメンバーに、とお呼びがかかり、VIP買春の関係者が話をつけたのだろうか、トモカはユニットの中心として活動する事になったのだが有名雑誌等にも取り上げられて、これがきっかけで彼女の知名度は飛躍的に上昇した。


渡瀬友香(ワタセトモカ)16歳
「(…やっと私、本当のアイドルになれたんだ。…大丈夫、バレる訳ないし絶対上手くやれる)」


 彼女としては不本意だろうが、買春客相手の接客を重ね磨いた歌唱力とダンス力はユニットの中で抜きん出るまでになっていたので、トモカあってのユニットといった仕上がりになっている。


2ndシングル 『海へ行こうよ』

作詞 渡瀬友香 作曲 〇×〜△

 …

 海へ行こうよ
 きっとあなたは
 待っていてくれるから

 夏が過ぎても
 私のことを
 待っていてくれるから

 …


トモカ 「(振り付け)♬ 海へ行こうよ♩」

ファン 「トモカーッ!」


 (楽屋で)

 ありふれた日常に紡がれる言葉の海に

 ただ溺れていたかった…

 私を待つ者など誰もいない


トモカ 「…」

ミサキ(メンバーの1人) 「トモカぁ、どうしたー?」

トモカ 「今、私おかしかった?」




44 deficiency


 真っ暗い部屋で、壁に掛かっている絵にスポットライト

 無数に亀裂が入っている鏡に人物の姿を写した場合に似せて、ユキの肖像画が描かれている。

 この亀裂、割れを色彩の違い、差で表現する。


 絵画の手前、ユキは目をつむり、ケイゴは目を開けて抱き合っている。

 二人にスポットライト




45 それから


 ゴミステーションにケイゴの部屋にあったソファーが捨ててある図

 (これは中古屋に持ってかなくていいなと思うくらい、箇所が痛んでいる、ボロいソファー)


 "(ケイゴの声で)海に行く約束をしてから、ユキとは頻繁に電話したり会う様になった。"


 ケイゴの部屋のシーン

 購入した青いソファーが、今までのソファーが在った場所に置かれている。


 部屋側からの視点で、

 ケイゴが部屋に入ってくるシーン。続けてユキも入ってくる。


 ユキは水槽が気になっている。

 ユキはソファーから立ったり座ったり、部屋を見回して置物について尋ねている。水槽を見たりしている。


 (二人部屋に入ってから15分程度経過)


ユキ  「面白い物があるって、この水槽の事だったんだ?」

ケイゴ 「そう。お祭りの時は金魚を取り逃がしちゃったからね」

ユキ  「…」


 ケイゴが部屋の家賃が安い事を語っていた所、ユキが突然切り出す。


ユキ  「(スマホ見て)ごめん。今日、私友達と会う約束してたんだ。忘れちゃってて」

ケイゴ 「そう」

ユキ  「ごめんね。これからちょっと行ってくるね」


 ケイゴに告げると、ユキは足早に部屋から逃れるかの様に出て行ってしまった。


ケイゴ 「…」

ケイゴ 「(約束…まさか、何か気に障る様な事したかな?、二人きりで部屋に居るのが嫌だったとか?)」


 それから数時間後、ユキから電話がかかってきた。


ケイゴ 「はい、もしもし」

ユキ  「さっきはごめんね。もう用事終わったから」

ケイゴ 「そう」

ユキ  「これから会おうよ」

ケイゴ 「いいよ」

ユキ  「じゃあ…」




46 Rain


先程のケイゴの部屋からユキが退出する場面へ。ユキの視点で。


 ケイゴの部屋の水槽を数秒映す。


 ユキ、当時の児童買春店の、ピアノと魚の水槽のあった部屋へ。

 買春店時代の水槽を数秒流す。


緑色の髪の毛の買春客 「マジで好きなんだけど。自分と付き合ってもらえませんか?」

少女のユキ 「…(もじもじ。)← するように言われている」

 (中高生の告白プレイである)


 ユキがケイゴの部屋から出ていくシーンへスイッチする。


緑色の髪の毛の買春客 「部活もうすぐ引退だし…」

少女のユキ 「3年生ともお別れか〜。お疲れ様でした」

緑色の髪の毛の男 「その前に…伝えたい事があってさ…」

少女のユキ 「え?何?…先輩?」

緑色の髪の毛の男 「…」

少女のユキ 「どうしたの?先輩」

緑色の髪の毛の男 「好きだ。俺が高2の時から、ずっと…」


 ユキが路上を、目的地も定めぬまま早歩きをしている場面へ。

 雨が降ってきた。


 〜 

 雨脚が強くなってきた。

緑色の髪の毛の男 「好きだ。俺じゃダメなのか?…あいつじゃなきゃ」


 雨のシーンへ

緑色の髪の毛の男 「お前のそういうとこ、俺、好きなんだけど…」


 雨脚が強くなってきた。

緑色の髪の毛の男 「中3でクラス替えあっただろ?、あの時からずっと…」


 雨のシーンへ

緑色の髪の毛の男 「好きだ。つき合って下さい」


 雨のシーンへ

緑色の髪の毛の男 「昨日の音楽の時間(授業)の時にさ…」


 雨のシーンへ

緑色の髪の毛の男 「好きだ。つき合って下さい」

(↑ 男は先程は普通のTシャツ等の服装だったが、今度はブルマーを履いている)


雨脚が強くなってきた。ユキは足早に路上を立ち去る。

… 


 当時の児童買春店の部屋へ


少女のユキが部屋の、一人でいる時に、ピアノの鍵盤を両手で乱雑に叩く。

(バジャーン、音)

TELの音(部屋の監視カメラでピアノを叩いているのを確認し、店の人が部屋にかけてきて)

「トゥルルルル…、トゥルルルル…、トゥルルルル…、トゥルルルル…、…」




47 雨の後


 緑色の髪の毛の買春客の男と少女時ユキのキスシーン

(シルエットで。キスはしない。男の方から顔が近づいていく) ー*


緑色の髪の毛の男 「ずっと好きだった」

少女のユキ 「…あなたに捧げます」


 ケイゴの部屋のシーン

ケイゴ 「雨が止んだか…」

(この「止んだか」の後すぐにユキシャワーシーン(ジャー)」


 ユキの部屋。シャワーシーン

 ユキがシャワーを浴びている。

ユキ 「じゃあ、駅前のタワー広告ビルの前で待ち合わせしない?」


 空室のバスルームを映す。水滴等ウェットな感じを表現した後、

 バス室の鏡を映す。(この鏡と次のタワー広告ビルのモニターを繋げる感じで)



 待ち合わせ場所。駅前のタワー広告ビル

 駅前ビルの広告大型モニターには青春恋愛映画のCMが流れている。高校生(役)同士のキスシーンが映っている。 ー*


 広告モニターは一階部分にある。高い位置にも大型モニターが設置されているが、ここで注目しているモニターとは一階部分に設置されている中型のもの。


 ユキがビルの下で待っている。ユキはCMを見る。

(チラッとCMを見た後のユキと、CMのモニター内女性が遠近で背中合わせになる様に。タイミング的にキスシーンのちょっと前辺りにチラッと見て、キスシーンを察知し、視線を逸らしそのまま背を向ける。つまり、ユキはモニターには背を向けるのではなく片肩側が向いている。その後にCMモニター男女はキスシーン)


 ケイゴがユキを見つけて、

ケイゴ 「ユキさん」


 ユキがケイゴの方に歩み寄る。


ケイゴ 「あっ、待って」

ユキ  「何?」


 ユキは足を止めて。


ケイゴ 「水溜りに入っちゃってるよ」

(水溜りは浅い感じ)

ケイゴはそう言うと、ユキが水溜りから出るその場から動く前に、ケイゴの方から水溜りの中に入って来た。


ケイゴ 「一回家に帰ったんだ。服違うし」

ユキ  「そう」


 二人近距離で見つめ合っている。 ー*

 水溜りが、雨の後の晴れた午後の空と雲を数秒写して、次のシーンへ。


*の3場面の連続性を意識する

(近づいていく →  キスしている →  見つめ合っている)




48 美術館の企画展


 街の美術館の入り口で


ケイゴ 「晩ご飯までまだ時間があるからさ…」

ユキ  「今何かやってるの?」


 駅前からバスで10分程度の所に街の美術館は在る。所謂箱物で金をかけたせいか、コンクリート造りの斬新な建物外観は世界的に著名な建築家の設計との事である。


ケイゴ 「風景画で有名な画家の企画展だって。つまんなかった?」

ユキ  「そんな事ないよ。入ろうよ」


 三守雫 「〜の原風景」展

 美術館入り口のチケットカウンターで購入したチケットを企画展示室入口の係員に渡して中に入る。すぐに画家の紹介や年代記のコーナーに迎えられたが、二人はそこを通り過ぎて絵が飾られている最初の広間へやって来た。絵は素人目に見てもとても上手で、緑色を基調とした自然風景や花の絵が主であった。


 最初の広間入口で

ケイゴ 「(見渡して)すごい上手な絵だよね」

ユキ  「うん…」


 見物客はほとんど居なかった。ケイゴは部屋で展示されていた一番大きな作品の前まで一気に移動し、そこで足を止めて念入りに見入っている。ユキは入口から作品順路に従ってチラチラと一つ一つ眺めつつ、少し遅れてケイゴに追いついた。

 作品の緑色の絵の具の含有量、構成部分が多かったせいか(この部屋に展示されている作品の大分も)、ケイゴの隣に来たユキは数秒見た後絵から顔を背け、そのままケイゴの左肩から胸元へともたれかかる様に顔をうずめる仕草をした。ケイゴはユキの肩に手をやり、「どうしたの?」と尋ねよう言葉を発しようか、それともこのまま少し黙っていようか迷ってしまい、その中途半端さが微かなささやき声となってユキの耳元で結実した。


ケイゴ 「どうしたの?(僅かな声で)」

ユキ  「…疲れた」

ケイゴ 「今日は行ったり来たりだったもんな。(後ろを見て)腰掛けがあるから少し休もう」


 結局二人は企画展の入口へ引き返し具合が悪くなったと係員に事情を説明して、当日内なら再入場出来る約束を取り付け、そのまま美術館併設の喫茶店で休む事にした。


 ケイゴとユキ、対面で座っている。コーヒーがそれぞれの席に置かれている。

 座席の窓の外には自然の木々、通り雨の後のみずみずしい緑、窓枠が絵画の様。


 ユキはケイゴと視線を合わせず、相手のコーヒーカップを見ながら…

 突然、今までと変わり無い声色で言葉を発した。


ユキ  「ねえ、そこから動かないでキスしてよ」

ケイゴ 「…」

  「…出来ないよ」


 数秒沈黙の後

ケイゴ 「どうして…」


 ケイゴの言葉を遮るようにユキが答える。

ユキ  「願望かな」

ケイゴ 「…どっちの?ユキさんの、それとも俺の?(笑)」

ユキ  「分かんないけど」

ケイゴ 「そう」




49 恋人の形をした絵 前編


 弾丸の軌道によって二つに引き裂かれた色調。
 撃ち抜かれた物乞いの季節は、
 密やかに時代の中に漂流していた時間を二人の元へと手繰り寄せた。

 恋とは盲目
 己か入れ物か分からぬ痛みに導かれて、
 真実はカンバスに写し出される。


ケイゴ 「それ、コーヒー飲まないの?」

ユキ  「…」


 どうでもよい返答を待つ間、ケイゴには眼前の女性が恋人の形をした絵のように思われた。

 短いがとても長く感じられる間、彼女を眺めていた。


ユキ  「…もう出ようか」

ケイゴ 「ああ、いいよ」

ユキ 「(何かを言おうとして話し出そうとしている)」


 と、その時、ウエイトレスがあちらで食器を落とした。

 (「ガシャーン」)


ケイゴ 「(音の方を見て後、ユキの方を見て)…今何て言ったの?」


 ウエイトレス 「"申し訳ございませんでした"(周囲に聞こえるように)」

ユキ  「ううん、何でもない」


 そう述べるとユキは窓の方に目をやる。

 ケイゴは彼女の視線を追わずユキの方を見つめたまま。

 やはり何故だか彼女までは、夏の最中に雪が降る季節を待つような遠い気がした。


 ここで少女時代のユキの買春店部屋と水槽の映像。泳いでいる魚に白い餌が降ってくる。

 先程の美術館展示室へ。中央には魚の水槽。


 (無人 展示室全体を数秒〜映す)




50 恋人の形をした絵 後編


 もうこれ以上見たくも無かったが…

ユキ 「もう一回入ろうよ」


 喫茶店から先に出てケイゴの支払いを待つユキは、

 *喫茶店のレジと面している美術館通路の間にドア等がない

 彼が支払い終わった瞬間に機先を制する形でそう伝えた。ケイゴが自分に気を遣って「もう切り上げて出よう」と言ってくると思ったからだ。


 「(もう一回入るから、ちゃんと私の事を認めて愛してほしい)」

 歌詞の類にはならぬ言霊は、形を作る間もなく溶けてしまった。

 跡形も無いが余韻がその場に残った。


 ケイゴは入口受付でチケットを提示しながらユキの方を見ている。

 二人再入室して程なくもケイゴは異彩を放っていた、大きさは本展示会中平均ぐらいか、或風景画に注意を惹きつけられた。理由は、


ケイゴ 「これは雪の絵だな。夏の絵ばかりであんま無いよね」

ユキ  「私この絵いいって思う」

ケイゴ 「雪(ユキ)の絵だからじゃない?」


 そう述べると、ケイゴはユキの手を引っ張り絵の前に立たせた。

ユキ  「何よ?」

ケイゴ 「ちょっと、その前に立ってて」


 ユキの位置決めの為、若干の細部修正を繰り返して…定まったようだ。

ケイゴ 「ここでいい。動かないでくれ」


 ケイゴはユキから手を離して後退りながら己の視点を探っている様子。


ケイゴ 「ここだ」

ユキ  「ねえ、何なの?」

ケイゴ 「ダメ。そこから動いちゃ。これはホントにユキの絵だなって思ってさ」

ユキ  「…まあね。名前がね」


 そう言うとケイゴはじろじろとユキを見ている。

ケイゴ 「俺はずっとこのまま君を見ていたい」

ユキ  「?いきなり…ああ」

ケイゴ 「そうじゃない」

ユキ  「またぁ。嘘でしょ?」

ケイゴ 「本気です」

ユキ  「冗談ばっかり」


 嘘と言えば嘘だった。冗談と言えば冗談であった。ケイゴは今妙にそう言いたい心持ちになったのだ。別にバツが悪ければ薬のせいにすれば良いし、気軽に言ってしまった。


ケイゴ
「ユキさんって、いや、ユキって表情があまり無い感じだけど…傷ついた?…こう角度を変えて鑑賞してみると光の加減で色んな顔になるよ」


 ケイゴは正面から左右へと角度を付け立ち位置を変えつつユキを見ている。


ユキ  「そう?どんな?」

ケイゴ 「自分で気づいてた?」


 彼女は笑っていた。